ビジネスで大切なことの一部は北大で学んだ(第6話)

第6話 ちくしょう。留年だ!

(第5話)

やけくそになって毒キノコを食べようとする筆者、記事の内容とは無関係の画像

友達が少ないからライブに集客できない

バンド活動を順調に行い、音楽の腕は上達し、学校は出席日数ギリギリ。バンド活動は集客が命なのに、残念ながら全く集客力がないわたくし。学校にほぼ行ってないから学部の友達がいない。バイトは家庭教師なのでバイトの友達もいない。ライブをしても対バンの出演者と仲良くなれない。自分の社交性のなさを容赦なく突き付けられたものだ。

会社員になったらお先真っ暗

音楽にかまけていると、いつの間にか3年生の夏休みに。就職とか絶対にしたくなかったが、学部のみんながインターンをしていたので、とある業界の某企業にインターンに行った。オフィスに行くと、みんな目に元気がない。イキイキしてない。そこではエクセルでデータ加工を命じられたが、大して成果が出てなくても帰宅できた。歓迎会で「うちの会社に来るくらいなら公務員になった方がいいぜ!」と皆さん口を揃えていた。当時の自分の価値基準(思い込み)からすると、公務員は一番ロックンロールとは間逆の職業。世の中の会社員は自分のしている仕事に誇りを持てないのかと、暗い気持ちになった。会社員になるとお先真っ暗だ。一部の事象を見て、全ての事象を決め付ける、これが俗に言う過度な一般化である。

素敵な大人と早く出会いたかった

余談だが、ぼくはこの時期にこそ、社会で素晴らしい仕事をしている素敵なOBOGと出会いたかった。過度な一般化はどの時代も若者の特技。学生時代は周りにいる数少ない社会人のサンプルから、仕事はどうだ、会社はどうだと決め付けてしまいがち。だからこそ、学生のみんなには素敵なOBOGに出会い、仕事は楽しそうだ、働くのは素晴らしいことだと気付けるチャンスを、一つでも多く提供したい。共感してくれるOB/OGは是非ビズリーチキャンパスに登録してほしい。

学科の期末試験から脱走

その年は夏休み後に前期の期末試験があったが、「おれは会社員になんかならない!大学も行く意味ねーから辞める!音楽でプロになる!」と決めていたので、試験を全てブッチ。ただ、心の奥底では「本当にこれでいいのか」と不安が渦巻いていた。テスト期間中に親から電話があり、状況を聞かれテストを全く受けていない事を伝えると、すぐに横浜に帰るよう指令が下った。ここで、大学を辞めないよう止められていたら、逆に意地になって辞めていたと思う。この時の親の対応は秀逸で「辞めてもいいけど、せっかく入ったんだし、ギリギリまで休学すれば?」と返してきた。一時的な熱病を患っているだけだと見抜いていたのだろう。親は偉大である。休学期間中は仕送りも要らないと伝え、横浜を去った。

音楽に専念するはずが、引きこもりに

札幌に戻り、休学の手続きをした。ここで留年が決定する。文字通り音楽だけの生活になった。さあ、24時間音楽のために使える!そう意気込んだが、現実はそうならなかった。夕方に起きて、ゲームをやり、たまにギターを弾いてまたゲーム、腹が減ったら飯を食い、眠くなるまでまたゲーム。何も産み出さない、単なる時間の浪費。バイトも、厳しく指導されるのが嫌で二週間で辞めてしまった。プロになると決めたはずの音楽でもバンドメンバーから愛想を尽かされ、解散する事になった。何をやっても全くダメな状態。そんな日々が3ヶ月くらい続いた。

ダメな自分を認めざるを得ない

音楽でプロになると決めて休学したのに、いざ音楽だけになるときちんと打ち込まない。仕送りは要らないと伝えたのに、バイトすら続けられない。自分のダメさ加減に対して、何の言い訳も成立しない。そのことにやっと気付いた。自分より厳しい境遇で自分より遥かに頑張ってる人が世の中にはたくさんいるのに、おれは何をやっているんだと。旧帝大に行くことができるくらいの知的能力と経済的支援を親から授かっているのに、それを全て無駄にしているのではないか。本当に自分で自分が恥ずかしくなった。

心底情熱を注げる対象以外、本物にはなれない

同時に、自分は心の底から音楽を愛しているわけではなく、勉強や就職から逃げる口実として音楽を使っていたことに気付いた。そんな自分の卑しさに気付き、自分自身に対して心底失望した。音楽を愛している人間は、自分以上の時間を音楽に注ぎ込むだろうし、同じ時間でも自分よりもっともっと濃い密度で向き合うだろう。これは絶対に勝てないと思った。今の実力も大したことないのに、成長速度も大したことない。しかも、成長速度の源泉となる音楽への愛は、どうやらそこまで強くないし、今後も強くなる見込みがない。これではプロになるのは不可能。そう自分で納得できた時に、音楽で飯を食っていく選択肢を、自分自身の意志で消す事ができた。

積み重ねてきた愚行に対するケジメ

本当はすぐにでも札幌から消え去りたかったが、サークルの部長の任期が残っていた。何もかもダメな自分へのケジメとして、これだけは真っ当せねば。もうこれ以上、自分で自分のことを見損ないたくない。そんな心境だったのだと思う。2003年12月に無事に任期は終わった。みんなからの労いは薄かった。もう少し労ってくれてもいいのにと思いつつも、それも自分の行動が招いた結果だなと受け止められるようにはなっていた。

大学3年生の冬、周りの友人が就職活動をしていた時期に、それまで大事にしてきたことを全て失った。しかし、全てを失った後だからこそ、見つけることができる希望もある。
(第7話へつづく)

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※タイトルの元ネタ : 
ちくしょう!転職だ!のGreenって何?49種類バナーを見つけた

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