p進体上の力学系について

dingdongbell
7 min readDec 1, 2017

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パンナ @__dingdongbell です。りすくんが前日にp進整数環を構成すると予告していたので、その商体であるQ_p、つまりp進数体の応用(?)の1つとして(そんなメジャーな応用じゃないけど)この力学系の話をしたいと思います。

p進整数環Z_pの商体(分数も許したもの)をp進数体Q_pと呼びます。これはQのp進距離での完備化になっており、ユークリッド距離の完備化である実数と対応しています。

では、複素数に対応するp進的なモノはあるかというと、実はちゃんと知られていて(ここでは構成しない)C_pと書かれることが多いです(名前あるのかな…しらない…)これはCと同じようにC_p係数の多項式は全て解を持ち、p進距離(の拡張)に対して完備というCと似たような性質を持ち合わせている一方、Cにはない性質も持っています。著しいものとしてはnon locally compactかつtotally disconnectedだということが挙げられます。だいたいどんな感じかというと:

だいたいこういう感じです。

さて、位相がこんな感じですと、連続関数や解析関数の集合が良い性質を満たさなくなります。全然連続に見えない関数も連続になったりするからです。力学系もある種の解析なのでこのままではちょっと困るわけです。そこで次のように考えます:

これをベルコヴィッチ解析化と呼んでいます。見て分かるように無限グラフの構造をもつベルコヴィッチ直線は元のC_pと違い様々なよい位相的性質を持ちます(arcwise connected, Hausdorff, locally compact etc.)。これで舞台が整いました。(余談:似たような説明をいたるところでやっていてもうこの絵を書くの何度目だろうって感じです)

やりたいことは複素力学系のp進的な類似理論です。複素力学系とは複素数を複素係数の多項式で動かす、つまり複素係数の多項式fを用いてx_{n+1}=f(x_n)という漸化式によって点を動かしていった時の漸近的な振る舞い(周期点はある?カオス的な現象はどういう時に起こる?etc)を考える分野ですが、この「複素」を「C_p」に変えるわけです。

具体例としてf(x)としてx^2をとったものを考えてみましょう。このとき、絶対値が1より小さいものはより小さくなり、1と等しいときは変わらず、1より大きい時はより大きくなります。複素数で考えるとこんな感じ:

先程カオスという単語が出たのでそれについて説明すると、ここで絶対値が1より小さいところでは少しくらいずれたところでどうせ0に収束するのは変わらないし、大きいところでは少しずれても発散することは変わりません。一方で絶対値が1の単位円上では少しずれただけで発散したり収束したり円周をぐるぐる回ったりするので振る舞いが全然違うものになるわけですね。こういう現象のことをカオスって呼んでいます。

では同じものをp進の方で考えるとどうなるでしょうか?実は、p進数の距離は強三角不等式というユークリッド空間よりも強い不等式が成り立ちます。

|x+y|≦max(|x|,|y|)

というもので、これをじっと見つめるとわかるように、実は絶対値が1であるような点は少しずらしても絶対値は1のままなのです。つまり力学系はこんな感じ:

結局カオスが起きるのは真ん中に赤く書いた丸い点だけです。

複素力学系では、n乗すると大きくなる部分と小さくなる部分があったり、係数が大きくて大きくなったり小さくなったりする「せめぎ合い」みたいなところがカオスを表している感じなので、必ずどこかでカオス的な現象が起こることが知られています。一方p進の方では、一番最初のベルコヴィッチ解析化をする前のC_pの点だけ考えるとそういうことが起きなくなってしまい、新しく付け加えた点でのみカオスが発生するわけですね(これはいつもそうなるわけではなくこの例においては、ということですが)。p進はバラバラしていて、元々の点だけ見てるとそういうせめぎ合いがどこかの狭間に隠れてしまうので、ベルコヴィッチ空間を考えるとそれが再現できて嬉しいと思うわけです。

なんとなく複素とは全然違うことが起きてるんだなあというのと、絵で見て面白くて分かりやすいというのが伝わったらいいなあと思います。

最後にこの力学系を考える数論的モチベーションについて一応述べておきます(用語一つ一つ説明すると長くなるのでそういうものかって思って読んでください)。この力学系の周期点というのはfをn回合成して得られる多項式=xという方程式の解です。数論では方程式に有理数解があるかというのは興味のある問題ですが、fを有理数係数の多項式とすれば有理数であるような周期点が存在するか?という問いは方程式が有理数解を持つか?という問いと一致します。

こういう方程式の解を考える時に、点の「高さ」と呼ばれるものを評価すると便利なことがあります。楕円曲線に付随するものなどは数論を学んでいて使ったことのある方も多いのではないでしょうか。ここで高さの定義はしませんが、この高さのp進パートは、今見たカオスが起きるところ(ジュリア集合と呼ばれている)と深い関係があります。

実は、このジュリア集合に付随するある確率測度が力学系の標準的高さを与えることが知られていて、結果局所高さの評価が積分計算に帰着できるので、解析的に評価することが可能となります。つまり、一般の方程式で有理数解とかを考えるのは難しいけど、ある多項式とその繰り返し合成で得られる多項式の族に対して有理性の評価をしようと思うとこのC_p上の力学系が役に立つんじゃないかなあと期待しています。

最後になりましたが、クリスマスは長い間待ち望まれ続けてきた救い主イエスがお生まれになったお祝いの日ですから、恋人の有無などに関わらず幸福に一日を過ごすのが正しいクリスマスの過ごし方なのではないかと思います。数学をするのもいいですね。この記事を読んでくださった皆様が喜びをもってクリスマスを迎えられることをお祈りしてこの記事を終えたいと思います。お付き合いくださりありがとうございました。

参考文献

J. H. Silverman. “The arithmetic of dynamical systems”, Graduate Texts in Mathematics. Springer, New York, 2007.

M. Baker and R. Rumely, “Potential theory and dynamics on the Berkovich Projective Line”, Mathematical Surveys and Monographs, the American mathematical Society, 2010.

編集履歴

12/2 1時くらい 記事を公開しました

12/2 4時くらい 最後の写真が大嘘だったので描き直しました

12/2 15時くらい ベルコヴィッチ解析化周りの文章が嘘っぽかったので直しました

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