“メルカリで読書感想文が買える”で思うこと。
先週からニュースやネットで見かけたんですが、メルカリで読書感想文が数百円単位で買えるみたいですね。
メルカリで働く人は対応大変そうだなーと他人事に思いつつも、自分自身も小学生時代にこんなサービスあったら絶対使ってたなーなんて思ったりしました。
個人的には売られていることが自体が悪だと思いませんが…。
ありきたりですが、学校で出される数学とかの普通の宿題と違って、読書感想文みたいに明確な答えがないような物事に対して、疑問とか関心とかをもって、自分なりに考えて、さらにそれを表現するのってけっこう難しいですよね。
僕自身も例外ではなくって、自分の考えをもってそれを発信するってことが非常に苦手でしたし、今でも苦手です。
小さい頃なんて、親に何して遊べばいいか聞いたりしていましたし、実際に夏休みの読書感想文をどこかしらの書評みたいなのを探し回って、それを9割ほどコピペするみたいなことしていました。
成長するに連れてそういった無関心な自分に対する一種の嫌悪感みたいなのがあって、けれどそういった自分から脱却するなんて、それこそ明確な答えがないようなことを考えることもできずにいましたし、今でも脱却できたとは思っていません。
「学ぶことの楽しさを伝えきれていない」現役教師は苦悩
話を戻します。
思うこととして、小さい頃の親からの教えというか、教育というか。親からの影響をもろに受ける気がしていて、教育の現場に任せることではないと思うんですよね。
いろんなことに疑問や関心をもって、自分なりの考えをもてる性格の子ども自身もいますが、そうでない子どももいます。
性格がどうであれ、子どもに寄り添っていろんなことを一緒に考えたりできるのって、教育者ではなくって親にしかできないんだと思います。(子どもいたことありませんが。)
ネットを使って何らかの課題や目の前の仕事を「解決する」のは、”時代に合っている”と感じる面もあるという。
うまいネットの使い方を教えてあげるのも大切
同記事より
まったく同意できない。
課題や目の前の仕事の解決のための上手いネットの使い方なんて、インターネットを使う上での最低限のルールやマナーを教えておけば、これからの世代の子どもたちは勝手に学んでいきます。
なんでもネットで調べれば解決できると思ってしまう(僕みたいな)人間になってしまう可能性の方が高いように思えてしまいます。
教えないといけないのは、そんなことではないはずなんだけどなー。
