150603

時刻表をもらったときの話

状況してきて一ヶ月経たないくらいのときのこと。

大宮駅で駅員さんに電車を訊いていたら、時刻表をもらったことがあった。もう明日には変わるから、これ持って行っていいよ。タウンページほどの重さのそれを抱えて、鈍行で山形まで行った。

当時付き合っていたひとが、大変こどもじみていて、「○○してくれなきゃ別れる!」という発言を頻繁にした。そのときの○○、が会いに来て、だった。埼玉から山形。行ったこともないアパートまで、住所ひとつで。

状況を整理する。給料日前だった。初任給前だった。つまり高校生のときのお小遣いだけで生活している一人暮らしだった。残金7000円。山形までの鈍行が約6000円。帰りは新幹線で帰れるだけの現金を渡す、とのことだった。

金曜日の仕事明けから電話をして、くだらない主張が出始めたのが0時過ぎ、ぐずぐずと眠れない夜を過ごして、始発で大宮駅まで出た。情熱というより、意地だった。これは私の行動力を試されているんだ。(結局、付き合っている間にこういう試しはたくさんあって、意地でこなしたけれど、それを評価されたと感じたことはなかった)(結果的にフットワークの軽さを習得できたりしたのはよかった)

別れたくない、と思っていたのは確かだ。同期のいないたった一人の採用で、知らない土地で一人で、友達はみんな遠い。会社ではまだ馴染めていない。両親は、つい一週間前の電話で、離婚するかも、なんて言い始めた。おいおい誕生日の前日だぞ。

電話にめんどくさがらずに付き合ってくれる人がいなかったら発狂しそうだった。手当たり次第に電話をかけていたけれど、何度かけてもめんどくさがらないのはサボりがちな大学生であるところの彼氏だった。

さみしさを理由に付き合わないなんて言えるのは、さみしさを知らないだけだ。

話を戻す。大宮駅に降り立った私は、だけど乗りかえるべき路線が分からなかった。快速と特急と、そういう区別がついていなくって、有人改札のところの窓口で教えてもらった。山形まで行かなきゃならないんです。そう言うと、人のよさそうなおじさんは時刻表を渡してくれた。ほら、快速がもうすぐ出るから、急がなきゃ。

乗り継いで終点まで。乗りかえて、始発から終点。また終点。

睡眠不足が幸いして、ほとんど寝て過ごした。あの頃はまだ空調でしんどくなることもなかった。たまに目を覚ましては、こういう無茶をさせる彼氏に腹を立て、呪った。もう少し我慢したらGWで、新幹線で来れたのに。どうしようもなく執着していた。友達さえできればこんなことにはならずに済んだのに。

ようやく山形駅についても迎えはない。ガラケー時代のちゃちな地図を見ながら、土地勘のない場所を歩く。駅から離れた住宅街の、さらに入り組んだ場所で、駅を出てから40分は迷った。あとちょっとだったのに、自転車で探しにきた彼氏に見つかって、「お前は、まったくもう」と呆れていたが、呆れたのはこっちのほうだ。

圧倒的に環境がよかった。あの非日常の場で出会った友だちも、新幹線を乗りこなしていく感じも、大学も。彼氏のことは腹が立つばかりだけれど、あの日々を思い出すと、楽しかったなと思う。