がらにもなく自分のはなし

春からずっと脳の検査をしている。自分の脳には軽度の障害があるのでは?と思い始めたのは5年ほど前。その病名を知ってから、いやそのずっとずっと前から、わたしはずっと悩んで、ずっと困っていた。

今年の冬に、とうとう我慢できなくなった私は衝動にまかせて泣きながら病院に電話して、そこではじめて検査を受けることになった。しかしその悩みに反して、今までに受けた簡単な心理検査やテストでは「特に異常はなく、限りなく健康な状態である」という結果が出たようだ。

けど、「実際に生活に支障は出ているし、薬も効いているというのは、やっぱり何か問題がある」と先生は言う。近年の精神医療は病気もケースも多様化していて、さらに抽象的なもので判断することから、診断が非常に難しいのだという。

また、心理テストの結果で、「几帳面な性格」と「理想の高さ」を指摘された。完璧主義なところがあって理想の高さとのギャップに悩んでしまうのではないかという仮説が新たに生まれた。私の脳は「思い通りに動かない」のか、「自分自身には問題がないはずなのに自尊心を下げすぎてしまう」のか、いったいどっちなのだろう。調べ始めてそろそろ2か月になるが、担当医の先生も、自分自身も、答えは出せていないのである。

「困っているひとに異常はないですよ~っていうとさ、本当によかったのかな、ってあとですごく悩むんだよ。」「だから診断じゃなくてできるだけ悩みを解決する手助けがしたいんだよな」と先生が笑いながら言っていたのがわたしの胸に深く刺さったので、解決する手助け、悩みがなくなった先のビジョン…と帰り道に繰り返しつぶやいてこの先のことをすこし考えてみた。なんにも思い浮かばなかった。

自分の悩みをわかってもらうことだけに執着するばかりで、わたしはどうよくしていきたいかってことを考えていなかったんだなあ。

最近は周りを気にせず気ままに暮らして、いろいろなものを整えて、あたらしいこともはじめたりなんかして、春からのわたしはすごく調子がよかった。今日の診断結果も相まって、「わたしの悩みは杞憂だったのではないか」「薬を飲まずとも悩まずに暮らせるのではないか」と思うほどまでに調子がよかった。

そこでわたしは自分の健康を確かめるかのように、わたしはあるばしょに提出する文章を書くことにした。自分を知るために、過去にちょろっとずつ書いてはやめるを繰り返していたメモやノートを掘り出した。そして大きな白い紙に、今まで他人から指摘されたきたこと、自分が困ってきたこと、逆に得意だったことなどをひたすらに書き留めた。

そうしてみると、やっぱりわたしは小さい時から四六時中なにかに困って、なにかにぶつかって、なにかに押されてもがいてきたんだよな。自分に嘘をつくことで自分を守ってきたこと、コンプレックスをひた隠しにしてニコニコと強がってきたこと、両親にたくさん傷つけられ それ以上にたくさん傷つけてきたこと、傍からみたら順調なはずの仕事や学業を衝動的に投げ出してきたこと、たくさんの過去が脳裏をよぎる。

得意なことがたくさんあるのは自覚しているし、友達もたくさんいるし、周りに自分の悩みを悟られたこともめったにない。けど、そのままの自分でいいんだと安心したこともない。私はダメなの?ダメじゃないの?、オトナになったらこうやって悩むことはなくなるの?、これからどうしたらいいの?、自分自身のことがいちばんわからないし、一番怖いとも思う。わたしはいったい何者なんだろうとも思う。

明日から薬を増やす実験をしてみて、来月、大きな検査を受けることになる。これでもし何かしらの答えがでたら、わたしのきもちは晴れるのかなあ

(具体的なはなしはそのうち書くかなあ、気が向いたら)

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