0829 腐る前に

夏も半分を過ぎた。旅の文章を書いてから、いつの間にか時間が経った。

大して書き続けていたわけでもないけれど 文章の書き方を忘れている自分に気がつく。もしかしたら書き方なんて初めからなかったのかもしれない。

精一杯の夏っぽい写真 in 2016

「22年」を文字に書いてみて、「ああ、22年か」と思った。自分の生きた年数を書いただけ、文字のまんまを言っただけのおバカな感想だけれど、22年は数画で書き表せるほど軽くない。うんうんと自分の中で咀嚼してみて、最近の出来事も一緒にしてデータを同期させてみることにする。

「話し言葉のボキャブラリーが少ないから、弱いところも話せるような練習をした方がいいかもね」数か月前、ある、尊敬している人に言われたこと。思い出したこの言葉からじわりじわりと考えたこと。

文章を書くとき。頭の中でごにょごにょ考えて、考えて、どこかしら気分が乗った時と思考がまとまったタイミングで、ぽすっと力なく出す。同じことを会話でもしている。そんなだから、下書きってクオリティでもないほどのメモ書きが自分の手元にはいつもある。iPhoneにも、ノートにも、頭の中にも。メモだらけの引き出しの中は期末試験前の部屋みたいに散らかっていて、お気に入りの靴下を見つけるのにも時間がかかる。

虹ってあだ名をつけてもらった日に見た虹

最近の自分は色んなものに追われていて、というよりも追われていることがいいと思っていて、色々なものが見えなくなっていた。周りの人に数え切れないほど助けてもらった。助からずに巻き取ってもらって、迷惑をかけたものもあった。原因は主に、タスクもなにもかも自分の引き出しにしまい込んで、取り出す作業をしなかったことだ。友達も、仕事も、なにかあってもそっと自分の中で消化して、終わり。消化できない時のことを考えていなかった。消化できなくなった時、どうにもならない現実に思考を停止させてしまった。所属している色々なコミュニティで起きた数々のそれがあまりにも無責任だったことを、ここ数ヶ月で実感した。謝ってばかりだったように思う。

引き出しにしまいこんだ困難も、失敗も、成功も、出どころをなくしてくすぶったままで。同時に、自分の発する言葉も人間らしさを失って、汚いところはないけれど綺麗なところも見えない、よくわからない何かでしかなくなる。自分で自分を腐らせて殺す感覚。

それでも言葉を投げかけてくれる人、無理やり目を逸らしていた自分の負の部分を指摘してくれる人がいること。頼れる人がいること。色んな意味で現実を見た。とても有難くて、少しの間 感情を噛み締める。ごめんなさいとありがとうを同時に伝える言葉があればいいのに、と思ったりする。

「今ではないけど、いつか君の言葉と想いをわかってくれる人は現れるよ」と言われた言葉も噛み締めて、失敗も、成功も、それはそれとして、生きた言葉で話そうと思う。やさしいけど、ふかく。ふかいけど、おもしろく。そのためにも心を腐らせてはいけないし、行動しなくちゃいけないと思う。

就活もしなかった22歳の この甘っちょろい戯言が、いつか何かのエネルギーになるように。書きなぐり。自戒として。

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