デザイナー向け認知科学/認知心理学の入門書
若手のUIデザイナーから「使いやすいアプリをデザインするために認知心理学を勉強したい。どんな本を読んだらいいですか?」と相談を受けたので、いくつか紹介してみます。ちょうど、大学入試センター試験(国語)で「デザイン」や「アフォーダンス」が取り上げられたこともあり、このタイミングで書いてみることにしました。
認知心理学の学問分野は広大ですし、僕は認知心理学者ではありませんので、あくまでも、1)デザイナー向けに、2)仕事に役に立つ、3)入門書、 という観点で選びました(前半の入門編)。
(僕自身は、多摩美術大学の大学院生の時に、須永剛司教授(現・東京藝大)の研究室で、インタフェース・デザインの実践研究をしながら、文献や論文、ゼミの輪読、学会や勉強会などを通じて、認知科学/認知心理学を学び、それがその後のインタラクション研究に続いていきます。)
後半の中級〜上級編には名前がよく出てくる有名な本(専門書)も入れました。難解なものもありますのでこちらはお好みで。あと僕の個人的な好みですが、「身体」や「わざ」に関する本もあります。デザイナーの実践知などに興味のある方なら楽しく読めると思いますので、ご興味ありましたらどうぞ。
(なお、認知科学と認知心理学は、学問的に厳密に言えば同じではないのですがここでは言及しません。気になる方は調べてみてください。)
▼入門編[認知科学とデザイン]
誰のためのデザイン?
何度でも紹介したい基本中の基本の1冊です。この本を知らずにユーザー・インタフェース(UI)のデザインは語れないというくらい重要な本です。生活の中の様々な事例をあげながら、使いやすさとは何かや人間の理解の仕組みなどを説いていきます。
数人で読書会を開き、身の回りの「使いにくい機器やシステムの事例」を持ち寄って、本に書かれている理論を参照しながらなぜ使いにくいのか、わかりにくいのかを議論してみると理解が深まります。(むかし、そういうワークショップを日本ウェブ協会でやったことがありました。)
心を動かすデザインの秘密 認知心理学から見る新しいデザイン学
認知科学とデザインをつなぐ入門書です。ノーマンの「誰のためのデザイン」がハードル高く感じる方は、はじめの一冊としてどうぞ。ページ数もほどほどでデザインの話しも多く、専門書よりやさしく書いてあるので読みやすい本です。多摩美の学生向けの専門講義科目「認知科学」のテキスト(教科書)にはこの本を使っています。
▼入門編[認知心理学の理論]
基礎から学ぶ認知心理学 — 人間の認識の不思議
認知心理学という学問分野の入門書です。感じる(感覚)、捉える(知覚)、覚える・忘れる(記憶)、わかる(知識)、考える(問題解決・推論)、 決める(判断・意思決定)、 気づかない(潜在認知)など、人間の認知のしくみを順に学んでいく内容です。
もう少し「理論」を学びたくなった人向けです。デザインやUIに関連付けている内容ではないので、デザイン事例や身の回りのできごとを思い起こしながら、この本に書かれている理論と結びつけてみるとよいでしょう。
教養としての認知科学
青山学院大学・東京大学での講義を書籍化したものだそうです。教科書的な扱いで、認知科学を概観することができます。各章の終りにはブックガイドがあるので、さらに勉強したいひとや気になる分野がある人は深めていくことができます。
▼入門編[心理学全般]
ゼロからはじめる心理学・入門 — 人の心を知る科学
認知に限らず、心理学全般を解説しています。図が多く読みやすいです。知覚心理学 、学習心理学、認知心理学、発達心理学、感情心理学など人間の心理を扱うたくさんの分野の概要を知ることができます。
▼中級編[認知心理学の理論]
アフォーダンス:
ノーマンの「誰のためのデザイン(初版)」でデザイナーに広く知られるようになった「アフォーダンス」ですが、いまだに誤用・誤解も数多く見受けられます。正しく理解しようとすると、それだけ難しい概念ともいえます。もともとは生態心理学(エコロジカル・アプローチ)の理論ですが、J.J.ギブソンの本はかなり難解で専門家でないと読みこなせません。入門編も含めてご紹介します。
新版 アフォーダンス
日本での生態心理学研究の第一人者、佐々木正人 教授による「アフォーダンス」の入門書です。ギブソンの主要な理論がていねいに解説されています。本文はほぼ理論の解説で、エピローグで「デザイン」との関連に言及しています。
デザインの生態学 新しいデザインの教科書
後藤 武(建築家), 佐々木 正人(研究者), 深澤 直人(プロダクトデザイナー)の3名による「デザインへの生態学的アプローチ」の試みです。
環境のデザイン、表面と表現、環境と行為、デザインとアフォーダンス、繋がり、レイアウトなど「デザインと生態心理学」をめぐる様々な議論が繰り広げられます。
▼上級編[生態心理学の理論]
J.J.ギブソンの生態心理学3部作:
有名な「生態学的視覚論」をはじめ、ギブソンの理論にダイレクトにふれてみたい方向きです。専門書のうえに生態心理学自体がそもそも難解なのですが、「ハマる」デザイナーも少なからずいますので、チャレンジしたいかたはぜひどうぞ。
生態学的視覚論は、大学院のゼミで(学生として)輪読しましたが、その時には読みこなすだけの力がなく、さっぱりわかりませんでした…。
生態学的視覚論―ヒトの知覚世界を探る
生態学的知覚システム―感性をとらえなおす
視覚ワールドの知覚
その他
▼中級編[認知と情動]
エモーショナル・デザイン 微笑を誘うモノたちのために
ノーマンの著書のうちのひとつ、認知と情動(感情)がテーマです。魅力的に感じるデザインを、人間の脳の3つのレベル、本能・行動・内省で解き明かしていきます。誰のためのデザインでは、使いやすさやわかりやすさにもっぱら焦点があたっていて「美しさ」にはあまり言及されていません。本書では、製品の「魅力」がユーザーの操作にプラスに働くと説いています。単に「感性」を礼賛しているわけではなく、人間の情動(感情)に関する認知研究を元に議論している点が興味深いところです。
デザインドリアリティ[増補版] 集合的達成の心理学
センター試験に出題された旬の本です。社会、文化の中で、ひとや人工物はどのように位置付けられ「デザイン」されているのかを、様々なコミュニティーについての濃密なフィールドワークによって明らかにしていきます。分析の対象は社会文化とそこでの人々の様々な実践です。製品デザインそのものではなく、人工物がそこにある「文脈」を見いだすための視座を与えてくれます。
▼中級編[身体と認知]
からだ:認識の原点 (コレクション認知科学)
コンピュータに関わるUIはいままではもっぱら視覚情報に依存してきましたが、人間の認識はもちろん視覚と脳だけがおこなっているわけではありません。からだ(身体)が環境その他から様々な「情報」を認識している、そのメカニズムを認知研究から解き明かしていきます。
新装版 アクティブ・マインド: 人間は動きのなかで考える
こちらも、身体による認知がテーマです。視覚による情報がいかに部分的なものか、様々な研究成果を通じて、人間の身体の持つはたらきの奥深さにふれることができます。
▼中〜上級編[わざ]
「わざ」から知る (コレクション認知科学)
言語化しにくい「わざ」、実践知や経験知を扱った研究です。ビジネスの現場では、デザインを言語化したり説明したりすることが求められますが、逆に、言語化できない「実践知」としての側面が注目されることはあまりありません。「わざ」がどのように習得され、知識となり伝えられるのか、が本書のテーマです。
わざ言語:感覚の共有を通しての「学び」へ
「わざ言語」という概念を用い、スポーツや看護、伝統芸能など様々な実践の分析を通して「わざ」に迫ります。熟達化、暗黙知の習得、感覚の共有、「わざ」の継承など、デザインそのものの事例はありませんが、デザインの実践知を後進にどう伝えていくかなど、デザイン教育について多くの示唆を得ることができました。
いかがだったでしょうか。認知の理論を網羅的に紹介することはとてもできませんので、これらは一部でしかありませんし紹介文もひとつの見かたに過ぎません。書評や引用文献なども参考にしながら知識を深めていただければと思います。
(誤解やまちがいなどありましたら、ご指摘いただけるとありがたいです。)
▼以前のブックリスト,記事 → note : akio_yoshihashi