”選択できない”というインサイト

選択肢が多いことは良いこと?

数台のベビーカーと大量のベビーカーを陳列した2つのショップを比較すると、子連れの夫婦が購入する確率は前者の方が高いという有名なストーリーがある。確か大学で受けたコミュニケーション学の一例だ。

様々な商品の中から比較し検討することでより良いものが手に入るはずなのに、これだ!と置かれた商品の中から直感的に手に取ってしまうのは購買行動のコストを考えると説明がつく。大量の選択肢を与えることは消費者が購買行動を行うコストを高め、プレッシャーを与えアクションを阻害する。

タイムラインからレコメンドへ

情報も同じだ。Facebookはもともと友達もしくはいいねを押したグループの投稿が時系列に並ぶUIだったが、現在はロジックに基づいたレコメンド形式に変わった。タイムラインが特徴であるはずのtwitterも、「おすすめ」や「最近のハイライト」という機能でその形を歪め、徐々にレコメンド型にシフトしている。

購買行動と同様にユーザーは大量の情報を処理することを嫌い、プラットフォームが提供するロジックに基づいたレコメンドに頼るようになった。この環境では情報量は重要ではなくロジックの性能が重視される。つまり示される情報がユーザーにとって心地よく、ココロの中で意図していた並びで、不快感のないものだ。人間が介在するキュレーションも似た性質を持ち、キュレーターもロジックもユーザーの信頼を得るにたる性能が必要となる。

通常の調査では発掘できないインサイト

通常のアンケート調査ではこのインサイトを発掘することは難しいだろう。冒頭のベビーカーを購入した夫婦にアンケートを取ったところで、「選ぶのが面倒くさいから」なんて言質は取れるはずがないし、有能な消費者を振る舞い「もっと数が多いほうが良いものを選べたはずだ」とすら言ってのけるかもしれない。

検索を主軸にしたサービスは、このインサイトに気が付かないと緩やかに衰退する。パネル調査をすれば、賢いユーザーは「情報量の多さ」と答えるかもしれないが、使わなかったユーザーの本音は「探すのが面倒くさい」である可能性が高い。サービスの強みに「情報量の多さ」を掲げ訴求を続けることは、検索行動を行う見込み度の高い超顕在層にのみ刺さり、現代のレコメンド型サービスに浸っている大多数のユーザーには響かないクリエイティブが誕生してしまう。

選びたいと面倒くさいに答える

つまり消費者は2つのインサイトを持っている。表面的には「情報量」を重視し、本音では「面倒でない」ことを求める。サービスの設計は、検索できるだけの情報量を維持しながら、メインで見せるUIはレコメンドの形式を取ることが望ましい。

様々なエリアにおいて、マーケットを支配する検索重視のDB型サービスを、「楽」をテーマにしたレコメンド型の後発が追いかける現象が観測できる。既存のDB型サービスがレコメンド機能を取り込めば、「情報量」に劣る後発は潰せるはず。消費者インサイトにいち早く対応できる柔軟性がプレイヤーに求められている。

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