日本企業がViva Technologyに注目すべき4つの理由 (3/4)

Taisuke Alex Odajima
9 min readMar 2, 2019

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毎年パリで開催される世界最大のイノベーションの祭典Viva Technology。そのイベントに日本企業が注目すべき理由として、第1回目の記事ではフランス政府がテコ入れしていること、第2回目の記事では大企業とスタートアップとのコラボレーションに関して説明した。3回目となる今回は、Viva Technologyの主催者がPublicisという世界トップクラスの広告代理店であるという観点から、いかにこのイベントが従来のスタートアップ展示会と異なるコンセプトに基づいているか、それ故に大企業として多くの学びを得ることができるかという点に関して、掘り下げてみたいと思う。

注目すべき理由その3:世界第3位の超大手広告代理店が主催しているから

Publicis(フランス語読みではピュビリシス)は、世界100カ国以上で展開する超大手の広告代理店。売上高は1.2兆円以上で、世界第3位の規模を誇ると言われている。Viva Technologyは、このPublicisと、LVMHグループ傘下の大手新聞社Les Echosの2社が主催となっている。Les Echos側はメディアとして出版物周りなどでイベントを支えているが、イベント全体の運営という面ではPublicisが中心となっている。中でも、Viva Technologyの仕掛け人といえる人物が、PublicisグループのCEOを30年もの長きに渡って務め、現在は同社会長となっているMaurice Lévy(モーリス レヴィー)氏だ。Viva Technologyが立ち上がった背景には、実はこのレヴィー氏の変わった経歴が大きく影響している。

彼の両親は、第二次大戦時フランコ独裁政権のスペインからフランスに逃げ、そこに迫ってきたナチスの手を逃れるためにさらにモロッコに避難したスペイン系のユダヤ人。レヴィー氏は1942年に、その避難先のモロッコで生まれている。幼い頃から成績優秀だった彼は、Bataというチェコ生まれの靴メーカーからの奨学金を得て、米国ニュージャージー大学で情報工学を学ぶ。モロッコ生まれのスペイン系ユダヤ人が、チェコの靴メーカーの援助でアメリカの大学を卒業するというあたりで、すでに彼の超グローバルな感覚の根幹が伺える。

Viva Technologyの創設者で現Publicisグループ会長のモーリス レヴィー氏

大学を1965年に卒業した彼は、Synergieという広告代理店のIT部門に就職するやメキメキとその頭角を表し、その6年後には29歳の若さにして同社の次期社長にと任命される。しかし、レヴィー青年はあっさりとそのオファーを断ると、当時フランスで最も革新的な代理店として注目を集めていたPublicisに転職。彼の最初の仕事は、エンジニアとして同社のあらゆるデータを磁気テープへとアーカイブすることだった。そして、彼が就職した翌年に、転機となる大事件が起こる。なんと、シャンゼリゼ大通りのPublicis本社が火事でほぼ全焼してしまったのだ。

1972年といえば、多くの企業がまだまだ紙の資料をベースに回っていた時代。重要な書類が全て燃えてしまったとなれば、会社の存続をも揺るがす極めて深刻な事態だ。しかし、レヴィー氏がPublicisに就職してから進めていた磁気テープによるデータアーカイブのおかげで、たったの8日間で通常業務に戻ることができた。これがきっかけとなり、レヴィー氏はPublicis経営陣の注目を一気に集めることとなる。翌年には役員会の総書記となり、3年後の1976年には執行役員に就任。そして、彼が同社に勤めて16年目となる1987年に、創業者のMarcel Bleustein-Blanchetの跡を継ぐ形で2代目CEOとなった。

レヴィー氏が大変優秀な人間であったことは間違い無いが、情報管理部門のITエンジニアが巨大広告代理店のCEOにまで上り詰めることができたのは、就職の翌年に偶然発生した火事によって、ITの重要性を認識せざるを得ない状況が生まれたことが大きい。そして、ITエンジニアという異例のバックグラウンドを持つ人間が、30年もの長きに渡って広告業界を代表する大企業のCEOを務めた結果生まれたのが、Viva Technologyというイベントなのだ。このストーリーを知った上で改めてViva Technologyというイベント名を見てみると、その背景にある想いのようなものが伝わってくると思う。

Viva Technologyとは、無理やり日本語にすれば「技術バンザイ!」といったような意味になる。広告代理店が、テクノロジーを称賛するイベントを主催しているわけだ。さらに、第1回目となった2016年度のViva Technologyでは、Publicis自身が90のスタートアップに総額1,000万ユーロ(およそ13億円)もの出資を行っており、エンジニア出身である彼がいかにテクノロジーを重視しているかが見て取れる。もう一つ、Publicis社がテクノロジー重視の企業であることを象徴しているのが、MARCEL(マーセル)というAIプラットフォームの開発プロジェクトだ。同社は、この巨大プロジェクトに経営資源を集中させるため、広告業界におけるアカデミー賞とも呼ばれるカンヌ広告祭への出展を取りやめ、開発が完了した昨年も、自社としては出展していない(ロンドンのグレンフェル・タワー火災への追悼につながる一つのプロジェクトを除く)。

Publicis社の巨大プロジェクトMARCELの紹介ビデオ

Publicisがカンヌ広告祭への出展を取りやめてまで取り組むこのMARCELというシステムは、全世界に8万人もいるPublicisグループの社員が、自身の関わっているプロジェクトに必要なスキルをもった他の社員を簡単に探し出したり、逆に自分のスキルが活かせそうなプロジェクトを見つけたりするためのプラットフォーム。AIの力を活用し、グループが潜在的に持っているクリエィティブの力を最大限引き出せるようなシステムとなっている。ちなみに、ビデオの冒頭でSamsungのプロジェクトに参加した社員を探すシーンがあるが、写っている端末はビデオ公開当時のSamsung最新機種だったGalaxy S9。さすが広告代理店だ。

ここまで話が進んでくれば、Viva Technologyがどういったコンセプトで成り立っているかが分かってくると思う。カンヌ広告祭への出展を取りやめ、経営資源をテクノロジーの活用に注ぐ世界トップクラスの広告代理店が、「技術バンザイ!」というタイトルの元に、世界の大企業のテクノロジー活用事例を展示するイベント。それがViva Technologyであり、Publicis社が提示する、これからの企業メッセージの在り方なのだ。

あらゆるモノがコモディティと化し、マスメディアの崩壊によって企業が自社のブランドイメージを自由にコントロールすることも難しくなった現代において、20世紀型のイメージだけに頼るような広告にもはや意味はない。全ての企業は、自社リソースだけでなく優秀な技術を持つ外部パートナーと積極的に協力しあい、テクノロジーのチカラによって自社のビジョンを具現化していくべきなのである。だからこそ、Viva Technologyの出展形態は第2回目の記事で紹介したように、大企業が自社の事業内容に則した技術開発の事例をラボという形で展示することで、その会社が目指す未来を単なるイメージビデオではなく具体的な技術的ソリューションの展示によってアピールする場となっている。ファッションや流通、メディアに宿泊業、あらゆる業界の企業はイノベーティブなテクノロジー企業として自社をアピールすべき。それこそが21世紀において最も重要な企業ブランディングであることを、世界第3位の広告代理店が訴えているということなのだ。

日本がガラパゴスと呼ばれて久しいが、確実に縮小していく国内市場を前にして、企業はいつまでも自国に閉じ籠もっているわけにはいかない。日本が得意としてきた改良に改良を重ねる直線的な技術進化では、あっという間にコモディティ化の波に飲まれて企業優位性を維持できなくなる時代においては、0から1への突然変異的なイノベーション型の進化が必須となる。そのためには、全てを自社内で実現しようとするのではなく、優秀なスタートアップを下請けではなくパートナーとして扱い、共同で事業開発を進める本当のオープンイノベーションが極めて重要であり、その姿勢こそが自社のブランディングを高めるということを、Viva Technologyというイベントを通じてPublicisは世に示しているのである。

このように、21世紀の企業のあるべき姿を学べることが、Viva Technologyに注目すべき大きな理由となるわけだが、アジア勢の進出がまだ少ない今だからこそ、日本の企業にとって大きなチャンスも秘めている。次回はその点に関して、イベント参加者ではなく出展者という観点から、話を進めていこうと思う。

注目すべき理由その4:アジアの存在感がまだ薄いから

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