VIVIENNE WESTWOOD:ヴィヴィアン・ウエストウッド自伝 読書レビュー
ヴィヴィアン・ウエストウッド/イアン・ケリー著
最良の自分であれ。そして、自分の良心に従え。
ヴィヴィアン・ウエストウッドの名前を知らないファッションっ子はいない。ほとんど椎名林檎によって広められたのではないかと思えるあの銀色のアーマーリングから、特徴的な王冠のついたオーブのロゴまで、日本ではヴィヴィアン・ウエストウッドはパンクのアクセサリーブランドとしての顔がもっとも有名なのではないだろうか。
本著は、そのヴィヴィアン・ウエストウッドが齢73, 4歳にして出版した分厚い辞書のような自伝で、ヴィヴィアン・ウエストウッドの子供時代から今までを緻密に振り返ったものである。もちろん、ヴィヴィアン・ウエストウッドブランドや彼女自身と切っても切れない関係にあるパンクの代名詞、セックス・ピストルズや、彼女の創作パートナーであったマルコム・マクラーレンの話も大きく登場する。日本の読者には恐らくセックス・ピストルズのなかでもっとも馴染みの深いシド・ヴィシャスに関しては、登場回数があまり少ないので期待されないほうがよろしい。
わたしはヴィヴィアン・ウエストウッドブランドの存在を椎名林檎から知った一派で、高校時代にはアーマーリングや黒の長財布などを所持していたが、わたしのたったふたつのヴィヴィアン・ウエストウッドコレクションは今では手元にない。それでいてヴィヴィアン・ウエストウッドというブランドがわたしの中で意味するもの、またヴィヴィアン・ウエストウッドという女性がわたしの中で意味するものについては、いくつブランドの製品を所持できているかとはまったく関係のない話だ。本書を読もうと思ったのも、最近洋裁を再開したからデザイナーの自伝が読みたい、という単純な理由だった。
総評として、このヴィヴィアン・ウエストウッド自伝は幅広い読者の期待に応えている。ヴィヴィアン・ウエストウッドブランド自体をファッションとして好む者、ヴィヴィアン・ウエストウッドという女性に興味があるもの、セックス・ピストルズのファン。ただそれでいて、ヴィヴィアン・ウエストウッドに対する狂信者などには浅すぎると感じられる可能性が高い本でもあった。辞書のように、と書いたとおりに重量のあるハードカバーの分厚い本なのであるが、そのおよそ2/3は(この数字が誇張であるにしても)セックス・ピストルズやマルコム・マクラーレンに捧げられてしまっており、ヴィヴィアン・ウエストウッド自身の言葉を聞ける機会は予想以上に少なかった。彼女はたいていの場合、自分のことではなく、他人について語っているのである。
ただ、ヴィヴィアン・ウエストウッドはこの本の中で数々の名言を残した。はじめに引用したものをはじめ、
自分が貧相でみじめな存在だと人に思い知らせて、それで世の中を変えようとしても無理。なにかを変えようと思うなら、まず、自分は素晴らしい人間だと人に信じさせてあげなきゃ。
p.332
あのね、評価されなければそこに芸術性はないの。人に知られてこそはじめて存在する。
P. 444
など、ファッションデザイナーやファッションに携わる人間、または芸術に携わる人間たちだけでなく、わたしのようにごく普通の生活を送っているけれど、「どこか満足できていない」ひとびとにも強烈に響く言葉が多い。しかしながら、そのヴィヴィアン・ウエストウッド哲学がほんとうに素晴らしいものかというと、その点については個人的に疑問が残る。基本的に常に男性をそばに置き、その男性はときどきによってマルコム・マクラーレンからアンドレアス・クロンターラーと移り変わってゆき、どこか男性に依存した生活を送っているヴィヴィアンは、ほんとうの意味でシャネルのように強い女性だったのだろうか。離婚と結婚を繰り返し、それでいて子供をもうけ、今でも独身女性のような振る舞いをする彼女の行動は倫理的なものなのだろうか。そういった意味でヴィヴィアン・ウエストウッドがわたしの「夢の女性」でなかったことが、この本では生々しく浮き彫りにされた。
前述の通り、この本はセックス・ピストルズとマルコム・マクラーレンに焦点を置いた時間がいささか長い。そのタイトルに惹かれ、「ヴィヴィアン・ウエストウッド自身についてもっと知りたい」という場合は、あまりお勧めできないだろう。また、たくさんのファッション用語が並ぶ中、写真の少ない本でもあるので、ファッション初心者にもおすすめしがたい一品である。それでも、成功した女性の生き方に興味のある人、ヴィヴィアン・ウエストウッドを心から崇拝している人、ヴィヴィアン・ウエストウッドとセックス・ピストルズがどちらも好きな人などにとっては、情報がぎっしりと詰まった最高の一冊であるといえるだろう。