わからないから、とにかく測った。だからこそ実現できた「装着感」(前編)

PSZ機能搭載パーソナルイヤースピーカー「nwm」×83Design

83Design Inc.
Dec 21, 2023

耳元だけに音を閉じ込めるPSZ(パーソナライズド・サウンド・ゾーン)技術を活用して開発された、パーソナルイヤースピーカー「nwm」シリーズ。今回は、プロジェクトのコンペから参画し、ブランディングと並走しながらプロダクトデザインを担当した83Design矢野、近藤が開発ストーリーを振り返ります。

装着検証を一から設計し、サンプリングした耳のサイズデータを元に理想の装着感を目指したというこのプロジェクト。その制作過程の中で直面した課題とは……?

「nwm」とは?

「耳元だけに音を閉じ込める」というNTTが独自に開発したPSZ(パーソナライズド・サウンド・ゾーン)機能を搭載した、まったく新しいスタイルを実現するパーソナルイヤースピーカー。耳の穴を塞がず、オープンになっているのに、音漏れが少ない。リモートワークやオンライン会議に最適なアイテムになっている。

何もかもが手探り続け始めたプロジェクト

— — まず、PSZイヤホンのプロジェクトが始まったきっかけを教えてください。

株式会社83Design_矢野

矢野:ある広告代理店からコンペの相談が来たのが最初でしたね。というのも、NTTが新たに商品を製造販売する会社を立ち上げることになって、その代理店がブランディングを行いながら、商品開発を進めるということになったんです。でも、求められたスケジュールだと、時間が全然かけられないことがわかって。そのため、ブランディングと商品企画、開発を並行して進められるスクランブルな体制を組む必要が出てきて、83Designに声がかかったという感じでした。

株式会社83Design_近藤

近藤:ただ、相談が来た時点では、ブランディングもその他の部分も、まだ方向性が定まっていない状態だったんですよね。

矢野:そうなると、僕たちとしても何を軸に考えるべきかを考える必要がある。そもそもPSZ技術のこともよくわかっていないわけですよ。なので、とりあえずNTTにPSZ技術を体感する機会をもらって、その経験を元に施策を考えていったという感じでした。

— — コンペではどんなことを提案しましたか?

近藤:「大きい概念の部分で、決めごとだけつくりましょう」ということですね。その商品のデザインとして「こういう表現はするけど、こういう表現はしない」「こういう体験は与えるけど、こういった体験は与えない」というようなイメージです。

矢野:通常、商品の背景情報だったり、ブランディングだったりがありますが、今回はそれらの情報がまだぼんやりしている状態。ただ、関与するメンバー内には「耳の穴を見せるイヤホンをつくりたい」というようなある種の気分は感じていました。そのことを頭に入れながら「この商品は、どのようなモノであるべきなんだろう」「この技術を使うなら、こういう使い方ができると良いよね」ということをまとめていきました。

近藤:あと、コンペまで2週間程度しかなかったんですけど、みんなでアイディア出しをして、スケッチして、それをモデリングして、装着してみて、装着イメージのレンダリングも数枚つくり込んで。結局、トゥルーワイヤレスイヤホンやオーバーヘッドのヘッドフォンなどのアイテム数点を提案したと思います。

『新しい存在感のイヤホン』とは、どんなものなのか

— — その2か月後、2021年の11月からプロジェクトがスタートします。

矢野:最初の頃は、装着方法をずっと模索していましたね。僕はどうしてもイヤホンにフックをつけたくなくて。というのも、イヤーフックタイプというのはスポーツタイプやインカムのイメージが強くて、新規性がやや低い印象があったんですよ。今回つくる必要があるのは、「新しい存在感のイヤホン」。PSZ技術がすごく特徴的なのに、外観でもわかりやすく新規性を感じる要素を与えたかったんです。

近藤:実際、装着方法の検討していたときは、「一見突飛な装着方法に見えるけど、実は新しいスタンダードになり得るんじゃないか?」というような視点で、けっこう案を考えていきましたよね。

矢野:「耳のその隙間に差し込むの?」というような案だったり、「耳たぶにアプローチする」とか「いっそのこと耳を全部覆ってみる」という角度からも考えたよね。

近藤:「耳の形状で使えそうな部分は全部使ってアイデアを出していく」という感じですよね。針金を用いてモックもいっぱいつくりましたし。

矢野:あのときは本当に難しかった……。さっきの「耳の穴が見える」もそうだけど、「話しかけやすい」「装着感が良い」というようなキーワードは、会話の中に出ていたじゃん。でも逆を言えば、まだその他のところがぼんやりしていて。

近藤:ブランディングの視点が固まっていなかったですからね。

矢野:装着感については、言ってしまえばフックの形状は世の中にたくさんあるわけだから、それを踏襲すればある程度のクオリティは出せる。でも、音を出す部分(スピーカードライバ周辺)については、同時に技術面の制約も確認を行っていて。未確定なことがまだまだある状態だったんだよね。

近藤:様々な可能性を考慮して、議論の末、仮のスピーカードライバの位置を決めましたね。

矢野:そこから「デザイン的に、この部分はこうするべきだ」と具体的に話をしていくことになって、「イヤホンを着けていても、人から声をかけやすい状態にする」「そのためには、耳の穴を見せる必要がある」ということが改めて重要だということになった、と。そこで、耳甲介で保持するという案よりも、フックの案の中でブランドを体現していくことに決めました。

近藤:仮で決めた”耳の穴の中心から 15 ミリ上にあるスピーカードライバ”の位置を基点にして形状を探ることになりましたね。とはいえ、すでにそこに辿り着くまでいろんな形の装着方法を検討していたので、「あのときの考えは意外と使える」「この考えは要素をもう1回整理しよう」というように形の再編集を行っていきました。

矢野:装着感の検証については、その後もずっとやっていたよね。プロトタイプをつくるたびに毎回検証の仕方も見直して。細かく評価基準を分けて、それを折れ線グラフで視覚化しながら「この要素を取ると、この部分の評価が下がる」ということを話し合って。評価方法だけでも数十案は考えたと思う。

近藤:評価の仕方を設計しておかないと、なんとなく耳に着けてつけて、なんとなく「いいよね」という感じになりますからね。そもそも、プロトタイプを持っていくだけで、みんなテンションが上がってしまうし(笑)。

自ら足で、装着感を検証する

— — また、耳の形状を把握するために、サンプリングも行ったのだとか。

矢野:11月末ぐらいには耳のデータを取り始めていました。元々、クライアントの中に「どんな人でも、長時間着けていられるモノにしたい」というイメージがあったようなんです。そこで「100人程度の耳のサイズを検証すれば、カテゴリー分けしたときの傾向がある程度わかるんじゃないか」という話になって。

近藤:最初はミーティングに参加している人たちの耳の写真を撮ったり、サイズを測ったりしていたんですが、データが偏りますし、そもそも母数も少ないので、「もうちょっと大規模にやりましょう」と。ただ、それを行うには同じ手順で、同じ基準で測定したい箇所を明確にして測定できるようにしなければいけない。そこで、まずは基本となる装着検証の設計を考えて、そこから耳のサイズを測りに行きました。

矢野:性別、背丈、人種、年齢などが偏ることがないように、約100人の方に対して装着検証を行いました。あとはクライアントの社内や知り合いの会社の人たちにも協力してもらいましたね。

— — このような検証のデータは、どのようなところに生かしていったのでしょうか。

近藤:主には”装着のしやすさ”、”長時間装着しても痛くならないか”、”日常の動きの中で外れてしまわないか”です。トゥルーワイヤレス、有線イヤホンともにフックは共通したものを使っているんですが、その部分の曲線の形は「検証で得たデータを生かして、心地良い造形に落とし込む」ということを徹底して考えましたね。

矢野:ここまできちんとこだわって工業デザイナーとしてデザインしたかったんです……なんとなく形にしてしまうのは不安じゃないですか。だから、きちんと自分で理解して、みなさんと納得しながらつくってみて、自信を持った状態でクライアントさんと一緒に「これで行きましょう」と言いたいんです。

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83Design Inc.

83Design Leads Innovation through Hypothetical Thinking.