にっ記21

最高に頭が冴えている。いつだって現在が1番でありたいから、大抵は勘違いしながらも今は人生で1番頭が冴えていると思っている。でもたぶんいまは本当にそうだ。理由?わたしの感覚だけだから、ないに等しいのかもしれないけど。

生物学的にもこれから衰えることが予感されるいま、若いうち(せいぜい30くらいまで)にすべき決断を先取りすることは悪くないんじゃないかと思える。頭と感覚が新鮮で敏感で最も蒼い時期なのだから。こどもには簡単でも、おとなには難しいことがこれからどんどん増える。そう思うから、いまのわたしは理由がないことも簡単に堂々と言えてしまう。むしろ言って宣言しておこうと思う。たぶん間違いなどでは決してない。(理由はない。)

他人の欲望に説明されない純粋な自分固有の欲を「理由」で説明してしまってはどうにも陳腐だ。チョコレートの美味しさをどんなデータでもって専門家が解くより、こどもが好き!といった方が美味しそうだし。言葉はときに置き換えとすり替えの温床になる。エネルギーの還元は教科書の外では放出を伴い、100は100に戻れはしない。理由などない想いがわたしの中では1番つよくて、信頼できる。

だからこの感覚が消えないうちに、ひとつ心に決めてしまった。こどもみたいに泣いて喚いて、ただ好きなものを好きって言うみたいに。嫌いなものは何としても受け付けないように。わたしは信じているから、きみだって信じてほしい。

理由なんかなくたって死ぬときにはきっとわかる。これでよかったんだね、って。ただその確認に一生を賭せるか?ということ。

丁か半か、

こんな大博打

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