歴史を学ぶ意義とは?歴史を学ぶ3つの理由。
私たちは、なぜ歴史を学ぶ必要があるのでしょうか?
学校でも歴史の授業があります。
たしかに、歴史のことは知らないよりは、知っていた方がいいように思えます。
このような理由で、なんとなく大事、なんとなく知っていた方がいいというイメージがあります。
しかし、なんとなく学んだものは何の役にも立ちません。
歴史を学ぶ以上、そこに意味を見出す必要があります。
そこで、今回は歴史を学ぶ意義について考えてみます。

過去の失敗から学ぶ
過去の失敗から学ぶ
これは歴史を学ぶ上でよく言われることです。
確かに、過去の事例を学べば、同じ過ちは繰り返さないでしょう。
しかし、過去と全く同じことが起こるでしょうか?
時代や状況が違えば、取りうる対策も変わってくるはずです。
そうなると、過去の事例と全く同じとはいきません。
では、どのようにしたらいいのでしょうか?
そのためには、歴史の因果関係を見抜く必要があります。
歴史上の出来事は、必ず何らかの理由があって起こります。
何の理由もなく事件が起こるわけではないのです。
この因果関係がわかれば、状況が多少異なっても応用が利きます。
たとえば、チェルノブイリの原発事故と福島第一原発の事故を例にとって考えてみましょう。(歴史から学ぶ ~原発事故の歴史~)
どちらも原発事故ですが、国も時期も違えば、事故に至った原因も異なります。
一方は実験中に起きたヒューマンエラー、一方は自然災害が原因です。
しかし、どちらの事故も想像力の欠如という原因が共通しています。
チェルノブイリは、実験中に起こる事態を想定しきれていなかったことが挙げられます。
福島第一原発では、大地震や津波などの自然災害を想定していなかったことが挙げられます。
このことから、「想定が甘いと大事故を起こす可能性がある」、「事故を起こしたくないなら、あらゆる可能性を考慮すべき」ということが言えます。

根本原因を見抜けば、同じ過ちを繰り返さずに済む
このように、因果関係に注目すれば、一つの出来事をいろいろなことに応用できます。
因果関係を見抜くには、抽象思考を活用することが大事です。
そうすることで、同じような間違いを繰り返さずにすむようになります。
歴史を学ぶ際には、その因果関係や本質に注目することが重要だといえます。
考えないで生きていると時代に翻弄される
歴史は、考えない人間は翻弄されることを証明しています。
エネルギー革命によって企業を解雇された人たち。
バブルの崩壊によって、破産や倒産に追い込まれた企業や個人。
その後の不景気によって、職を失った会社員。
このように、何も考えず目の前のことに反応するだけだったり、価値判断を会社や政府などの組織に任せてしまうと、時代の変化に翻弄されてしまうのです。
そうならないためにも、私たちは考えて生きていかないといけません。
これから何が起こるのか?
そうなった時のために、今何をしないといけないのか?
それを考えるのにも、歴史が役に立ちます。
今と同じような状況だったとき、どんなことが起きたのか?
その時に、翻弄されたのはどんな人たちだったか?
逆に、時代の波に上手く乗ったのはどんな人だったのか?
時代に翻弄されず、生き抜いていくためには歴史を学ぶことが不可欠です。

考えないで生きていると時代に翻弄される
自分で考えることが一番重要
歴史を学ぶと、「人間はなんて愚かなのだろう」と思うこともあると思います。
しかし、それは今だから言えることです。
「今、客観的に分析しているから」
「当時と今とでは価値観が全く違うから」
「そうしなければならなかった理由があったから」
このように、さまざま背景があった上で歴史は動いています。
歴史的には間違っていたかもしれませんが、その時は正しかったのかもしれません。
そして、これは私たちも全く同じことが言えます。
今、私たちが正しいと信じてやっていることは、もしかしたら後世では、とんでもない間違いとされているかもしれません。
結局、何が正しいかなんてわからないのです。
それは、たぶん未来から今を見ても同じことだと思います。
何が正しいのかわからないのであればこそ、自分の頭で考えることが必要です。
人から言われたことを信じてやった結果、間違いだった時と、自分で考えてやって、それでも間違っていたなら、後者の方がいいでしょう。
そもそも、それが正しいか間違っていたかということも曖昧なものです。
何をしても正解でないのならば、他人に言われたことを信じるよりも、自分の考えを信じたほうがいいのではないでしょうか?
今回のまとめ
歴史を学ぶ意義
・過去の失敗を繰り返さないため。
・時代に翻弄されずに生きていくため。
・自分の頭で考える重要性に気づくため。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
