有為転変

高校時代からの友だちの勤務先が、斯界発の大規模出資、とかなんとかいうので日経新聞に出ていた。そもそも彼女が就職した時はベンチャーと呼ぶのもどうだろう的な零細企業(というのは私の印象)だったらしいのが、うまいことM&Aしたかされたかで「気が付くと一部上場大企業」(本人談)勤務になっていたと。ラッキーだったよね、としみじみ話しつつ、その時に初めて社名を聞いたんだが、出たきり邦人の私は知らない会社ではあった。しかし景気の良さそうな会社であることは、彼女が時々LINEに上げる社食メニューの充実ぶりから見て取れてはいた。

社食と言えば、日◯生命のを何度か使わせてもらったことがあったな。営業さんの営業活動の一環というか接待されたというかで。近所だしいつでもどうぞ、とは言われたものの、女子社員は制服だし私らは地味めとはいえ私服だから浮きまくりそうで憚られ、でもあの頃は首から社員証下げてるってのじゃなくてみんな名札だったような。だからそれももちろん無くて今みたいにピッ、ってやるカードみたいなのも無かったから潜り込めたところもあるかな。昼食難民という言葉も無い頃でもあった。あの界隈は限られるとは言え別に難民化するほど食い物屋に困る地域ではなかったしオフィス街だからそれなりに、だったのにあのレベルの社食が、見晴らしの良い高層階にあり、利用させてもらった時は燦々と陽が注いでいたし、大企業の福利厚生ってのはこういうののことなんだスゲエ、と思ったんだった。

数年後、確か日本◯命は大掛かりなリストラだか何だかをしなくちゃいけなくなって、ああもうあの社食は真っ先に消えてるよねえ、と同僚と話したんだった。営業で来てた彼も、結婚して独立するとか何とか言ってた直後だったかな?彼はリストラではなかった、と思う。他通貨に対して円高一人勝ち(っつーか円高不況ど真ん中)だった時期のような気もしてきた。その頃の我々の給料はドイツ銀行の外貨円から振り出されていたので、日本人職員は額面が変わらないものの、ドイツ人職員はマルクで払われていたからもうおおごと。「一晩で貯金が10万円減ったことになるんだよ?分かる?」と凄まれたりもした。

ということはポンド危機の頃でもあったのかな?1ポンドが140円切ったりとかしてて、あの頃はロンドンに行く機会も多く、どうにかしてドク論をSOASでやれないかすら、等とさえ往生際悪く思っていたころでもあったから、あのポンド安は非常に印象に残っている。行くたびにLaura Ashleyを集中的に買ってた。あのレートだと今で言うZARA並のお値頃感だったもんなあ。っつかそもそもその価格帯設定だったのか。日本とは品揃えも違っていた記憶が甦る。

今日のポンド円レートを見て、嘗てのそのポンド危機を思い出した。同じ金額じゃん。あの頃から思い起こすに、ドイツマルクはユーロになり、2002年頃に一瞬1ユーロ=80円、とかいう信じられない値を付けたことがなかったっけか。リーマンの直前ぐらいは逆に強くなりすぎて、1ユーロ=170円ぐらいまで上がってしまい、ユーロ建てで日本のお客さんに見積を出すと絶対に受注できないというユーロ高不況に見舞われていたんだった。実勢価格としては1ユーロ=124円、という体感設定があるんですが、というのを言い続けていたものの、ここんとこはずっと1ユーロ=130円前後、だったんでまあ許容範囲内なのかなと思ってた。

昨日は117円で終わってたのが、今日また113円だ。ええと、7月後半の日本出張までこの流れは続くのだろうか。

大学の時の先輩で、円高不況の只中だったと思うけど、にも拘らずというか日経新聞と日本興業銀行の内定を取ってて、「日経で記事を書くよりは、日経で記事にされるような仕事をしたい」と言って日本興業銀行を選んだ人が居たのも思い起こされる。日経の記事になる、というのはそういう意味があるのかふーん、とも思ったんだった。あの人は今どうしてるんだろうなあ。