いかにも円城らしいプロジェクトは純文学×SFの最前線 ――円城塔(2018)『文字渦』新潮社

『新潮』で少し前から連載されていたことは知っていたし、いくつかそこで読んだものはあったが、本になって読んでみるとなかなかこう、それこそ文字というものの圧を感じざるをえない。

ここで言う文字は日本語文字と漢字のことであり、アルファベットなどの欧米の文字は登場しない。古くは象形文字として、生きたものたちを形どった漢字あるいは漢語たちが、本当に生命のようであったとしたら。そういうifを、円城はとことん遊び心で多様に表現していく。

元々、デビューした時点で言語への関心を強く小説に表現していた円城にとっては、本作、本連作は奇をてらったわけでもなく、ストレートを大量に投げこんできているようなものだと思う。そうだからこそ、文字で遊びながらも、フィクション性、物語性を失うことはない。それらを失ってしまったなら、小説という表現でなくてもよいからだ。

文字で遊ぶとはどういうことか。その形そのもの、あるいは音そのもの、またあるいは表現方法、たとえばルビの振り方であるとか、といった形で文字にまつわることなら可能な範囲で遊びつくす。短編だけでも圧があるが、一冊の本になると、いっそう圧が強い。まさに文字が渦を巻くように、宇宙のあらゆるところに遍在しているような錯覚を覚える。

それはまた同時に、我々が文字という概念を多様な形で再発見することになる。円城による、文字というものに対する概念分析の結果がこの短編集だというわけだ。もちろん同時に、小説という表現に対する可能性の追求でもある。それはまさに、円城がデビュー以来一貫して行ってきたことだ。

円城によるプロジェクトを目の当たりにできるということ、その意味をたとえ十分に理解できないとしても、というかできるわけはないのだが、円城が目指す方向の一貫性はよくわかる。本当に我々は、すさまじい作家を経験しているのだと。

[2018.11.8]