やがていつか終わるもの ーー北野道夫(2015)「旅の終わり」『文学界』2015年3月号

バーニング
Aug 29, 2017 · 4 min read

北野道夫は「関東平野」が芥川賞候補になったころに読んだような気がするが逆に言えばその程度でしか知らず、この号の文学界は羽田圭介を読むために買っていたくらいなので(ついでに石原慎太郎の「ワイルドライフ」もまずまず面白く読んだりした)北野の小説はスルーしていた。そんなこんなで2年以上経ってようやく今回読んだ次第。

関東平野もそういうものだったかどうかはあまり定かではないが、どこでもないような、日本的ではあるけれど特定の土地を想定しないような視界の広がりを、やたら細かく描写することに定評があるのかもしれない。たとえば次のような。

私たちの手許からはフライドポテトの油の匂いが立ち上っている。河川敷の開けたところには野球場やゲートボール上、繁みの中には廃品を固めた小屋、水際には釣り糸を垂れている人々、向こう岸の堤防の上を走っている人、犬の散歩をしている人、ベンチで寝ている人、野球場とは全然関係ないところでキャッチボールしている人、廃車、氾濫原に取り残された大きな水たまり、遠くなるほど個体の輪郭は失われ、緑と茶色と灰色の肥沃な斑の総体としての河になり、青空の縁で白くぼやけた地平線へと消えてゆく。ときどき思いだしたように、道路や線路やガス管が河と堤防を跨ぎ返す。(p.107)

このあとに送電線がどうのこうのといったような、本編とはさほど意味のない描写が続いていく。ではまったく無意味なのかというと実はそうでなかったかもしれないとわかるのは物語の後半だが、さしあたってここでは「旅の終わり」と題されたように、どこでもあるような風景に戻ってくることで「終わり」を予感させている、という程度にとらえておくのが吉だろう。


物語の筋としては主人公である私と、「あなた」と呼ばれる女の関係、そして「あなた」とは異なる別の女の関係が書かれている。旅の終わりと題されているが特別どこかに旅をしたくてさまよっているというよりは、ただただ「あなた」を追うための旅であるということだ。「あなた」は「あなた」と呼ばれる特性上、私を通してでしか描写されないキャラクターだ。かつて藤野可織が「爪と目」で試みたようなそれに近いとも言えるし、藤野のホラー性とは少し異なる実体のなさ、あるいは薄さといったものは、本作にも通じるものがあると思う。

ただ、この小説の場合「あなた」が私を通してでしか描写されない理由はいくつかある。それはまずもって「あなた」が不在であるということだ。なぜ不在なのかははっきりと分からない。私は「あなた」のいた家を訪問するが、弟が現れ、ひと悶着のあげくに背負い投げされるのがオチである。

「あなた」にとらわれているような私ながら、実はそれだけではなく女性の身体そのものにとらわれることも暴露していく。私の手元にある様々なポルノグラフィは私の趣味嗜好の遍歴そのものだし、ゆきずりの女に声をかけて、性癖が暴露されてもなお特別な関係性を結ぼうとするのは本能みたいなものなのだろう。

こんな感じで、「あなた」への執着と女性の身体そのものへの執着はリンクするようでしないところがある。これを惜しいと言うべきかどうかは難しいが、本作の書いた「旅の終わり」の顛末はちょっとご都合主義かなと思う。まあ、そういう流れでなければ「旅の終わり」はやってこないとも言えるので、難しいところではあるのだが。

ただ、キャラクターの存在そのものの濃淡を使い分けながら、その上でキャラクター同士が関係性を構築していくあたりの描写は素直に面白いと思った。もっと濃密に書けそうなところをあえて抑えるストイックさは、先に引用したようなやたら詳細で意味のないように見える風景の描写とも通じるものがあるかもしれない。

日常の風景にこぼれ落ちるもの、ドロップアウトしかねないところのラインをしっかりとすくいとる。その視点は、作家として優れた能力だと思う。汗とか匂いを感じさせる文体も好みだ。引き続き追いかけていきたい一人。

[2017.8.29]

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