お仕事小説としての面白さと、女たちの複雑さという魅力 ――一穂ミチ(2012)『ステノグラフィカ』幻冬舎ルチル文庫

ひらりささんが以前noteで「読むと恋愛巧者になれるかもしれないBL」というタイトルの記事を書いていて本作を紹介していたのだが、永田町を舞台にした新聞記者と国会速記官のBLという要素にとても惹かれて読んでみた。

正直な感想を言えば一つのお仕事小説として非常に面白くて、たとえば横山秀夫の書くミステリーほどゴリゴリの記者ではないが、ある程度の才があり、順調に出世を重ねているであろう攻めと、規則正しい生活を送る寡黙で料理好きな受けという要素はわりとよくある攻めと受けの性格的な類型かなと思う。

とはいえそのことよりも、個人的には彼らの仕事にかける熱意のようなものに興味を持った。西口(攻め)も碧(受け)もどちらも仕事人間で、それ以外のことは不器用なタイプだ。強気の攻めも、受けに対してだけ見せる表情がある。

西口の部下にあたる女性記者であるすみれは西口に片想いをしているが、自分が相手にされていないことと、碧にだけ見せる顔があることを知っている。この切なさは、恋愛ものにおける定番のものでもあるだろうが、男社会に一人混ざってしたたかに生きる彼女の気持ちの強さには驚かされる。

男社会に順応しようとつとめ、ある程度うまくいっている彼女もまた恋愛に関しては不器用な存在なのだ。ひらりささんの記事でも引用されているように同僚みんなでキャバクラにいくことはできても(だからこそ?)、西口は自分のことを女扱いしてくれない。

離婚歴もある西口には一種の女性嫌悪というか、苦手意識のようなものがある。もう44歳で、これからも今後も仕事に没頭していくしかない。その中で碧の声に惹かれたり、彼の作ってくる弁当を愛妻弁当だと勘違いするお茶目なところもあるが、それは碧の前でしか見せないもの。碧のほうも西口がもしかしたら自分のことを、と意識し始めるようになり、少しずつ距離は近づいていく。

女性記者の取材方法に関するスキャンダルが出て物語は急展開していくが、そこで助け船を出すのが隠れた政治的な存在だ。最初から最後まで永田町の内と外をめぐる攻防(政治家自体はほとんど登場しないが)であり、BL小説というジャンルの中でうまく緊張感を描写することができている。西口の経験も、碧の実直さも、どちらもがキーになっているのがいい。

もう一つ、その展開の中で西口の別れた妻が出てくるのもいい。彼女がほぼ唯一と言っていいほどまともに登場する政治家で厚労省関係のポジションを持っていたりするのだが、彼女が西口に対して抱いていた不和を碧がどうやって乗り越えていくのかというのも重要なポイントなのだろう。

西口の元妻やすみれを登場させることによって女性視点から見る西口の強みと弱みはよくわかる。碧にはすべてわからないが、読者にだけは西口の攻略ポイントはわかりやすく示されるのだ。この点も、「読むと恋愛巧者になれる」要素だと言えるだろう。(あるいは男性読者視点からしても、西口を取り巻く二人の女性の心情や立ち位置はよく書けているし、女心をつかむという意味では参考になるポイントかもしれない)

二人ともストレートのわりにはすんなりと行為に入っていくのは珍しいなと感じたが、そのあと西口がすみれに対して碧との関係を打ち明けるときの会話が自然でよかった。「どっちもいける人だったんですね」とつぶやき、西口の言う「筋」を通すすみれの姿はかっこいい。

もちろんこれはすみれの失恋の瞬間でもある。かといって大きな禍根を残さないのは性別問わず愛される碧を丁寧に書いたからだ。そのことが結果的に自然に、かつスムーズな着地点を見つけた小説だと思った。

(2016/12/19)

初版:2012年7月(幻冬舎ルチル文庫)