極夜を進むための想像力と勇気 ――角幡唯介(2018)『極夜行』文藝春秋

今年の冬に発売されてから話題を呼んでいたこともあり、というのと最近ノンフィクションの賞をひとつとっていたこともあり、そろそろ読むかという気持ちになった。それなりの分厚さがあるノンフィクションなので最初は少し身構えたものの、読み始めるとほとんど一気読みであった。

それほどに、著者の極夜行という未知の体験が面白いということ。そして著者の時々挿入してくるユーモアのある表現が実に見事である。登山関係のノンフィクションはいくつか読んだことがあるが、登山の達成感であったり、そもそもの準備とはまた異なる何があるように思えた。

著者の表現を借りれば、この世界に生まれくるとはどういうことか、あるいは通常体験できないような生の瞬間とはどのようなものか、といったところだろうか。本の冒頭に著者の妻が出産する際のエピソードがあるのだが、ここがなかなかいい。

出産という場面において、著者はどれだけこれまで死の淵をさまようような冒険をしてきたとしても(著者は元々早稲田の探検部出身である)出産という局面では夫は無力だということ。そして、自分には一生経験できないことをまさに妻が今目の前で経験していることを実感してしまう。もはや見守ることしかできない一方で、出産と探検を、いずれも未知なる世界との出会いという文脈で類推ずるのだ。

このことは、実際に極夜に出向いてからも頭に常によぎる。限られた食糧を抱え、常に極寒であり、太陽の光がない世界において、そりを引く犬と自分だけの孤独な行軍。しかし、いやだからこそか、夜の月以外光のない世界で生きることの特別さも感じることができる。まさにそれこそが、冒険の醍醐味でもあるのだろう。ふとウサギを発見したときの興奮や、著者の出した排泄物に興味を示す犬たちなど、確かに未知の体験にあふれているし、ノンフィクションとして面白いエピソードに触れるたび、著者のユーモアな表現が目立つ。本当にたくましい人である。

思うに、ただただ未踏を目指すだけが冒険ではないことを著者は書こうとしている。もちろん一つの体験として大いに読みごたえはあるが、もっと大事なことは、冒険の道すがらで何を感じたかというエモーショナルな部分と、出産と探検をリンクさせるような想像力であるのだろう。その意味で本書は文学的でもあるし、総体として稀有なノンフィクションたりえていると思われる。

[2018.11.29]