波乱の中でも黄前久美子らしさは失われていない ――武田綾乃(2017)『響け! ユーフォンニアム 北宇治高校吹奏楽部、波乱の第二楽章』宝島社文庫

おそらく京都アニメーションの力がなければ武田綾乃はこの本を書かなかったのではないか、という気持ちがとても強い。にたようなことをご本人がツイッターで書いていたような気もするが、シリーズ三巻までを読み終えて、あれほど美しく黄前久美子の一年間を書ききったのならばその先はもはや蛇足でしかないだろうという思いがあったからだ。

この記事でもアニメと小説の関係が語られていた。

もちろんあえてシリーズを進めることで違う展開を書くことはできるだろう。久美子や麗奈たちが二年生になれば一年生の後輩ができるはずだし、全国大会には出たものの銅賞で終わってしまったのだからリベンジを期すという期待はできる。それに、旧三年生以上に個性の強い二年生たちが歳上級生になったとき、つまり香織や小笠原晴香やあすかのいない部活というものを書くことはできる。できるが、それが久美子たちの最初の一年間のインパクトを超えるかというと、もちろん別だろう。


さてさてそんな感じで、楽しみにはしていたが期待はほどほど、という感じで読み始めたがまず新一年生たちのキャラクター造形が非常に面白い。うまい、というほどものすごくよくできたという感じはしないが、初々しさもありながら真面目なところもあり、そして不器用なところもある新入生たちが吹奏楽部にいかになじんで/なじめずいくかという流れは実は久美子世代のときにはあまりなかったことだなと思った。

麗奈が上級生とぶつかることはあったが、それは彼女が新入生だからというよりは自己主張をしっかりするタイプの性格をしたから、というところであり、麗奈が麗奈である以上当然引き起こされることであった。だから二年生になっても彼女は対立をおそれないわけで、その変わらなさはすがすがしいとすら思えてくる。久美子が彼女に惚れた理由の一つでもあるだろう。

話がそれたが前後編として二ヶ月連続でリリースされた本作は、前編で一年生たちのことを主に書きつつ、後編ではシリーズ二巻でも焦点の当たった希美とみぞれの関係に再びフォーカスしていく。なぜここで再び彼女たちなのか、という理由の一つは彼女たちが受験生になったからだろう。受験、進路といったときに、音楽を専門にする彼女たちには一般の大学に行くのか音大・芸大に行くのかという境地に立つことが多い。

もっとも、普通に大学に行って大学のサークルや部活で、という手もあるわけだが、音楽を仕事にしたい/するかもしれないという地点に立つとやはり専門的な教育と訓練は重要だ。そうして希美やみぞれ、あるいは夏妃たちを巻き込んで進路の話をするシーンが多々登場するし、その流れで久美子は麗奈や秀一と自分はどうするかを考えるようになる。これはありふれたことではあるが、であるがゆえに彼女たちが高校生として歩んでいるのだということがよくわかるのだ。


このような状況で久美子に与えられる役割は明快である。悩みや軋轢を、いかに解消するかである。一年生だったときがそうだったように、そして今回の前編でも新一年生たちの事情に(流れというか巻き込まれつつではあるが)介入していく彼女には、それができる能力があるし、なにより実績がある。困ったときは黄前相談所へ、なんてフレーズがどの学年のキャラクターからも挙がっているように、吹奏楽部というチームワークが重視されつつも個人ワークに依るものも大きい(このへんは個人的な経験を顧みると、陸上競技の駅伝やリレーに似ているなという気もする)。

さらに個人個人のメンタルの不調にも敏感にならなければならないなか、あすかの家庭の問題にまで(結果的に)踏みこみ、あすかの信頼を勝ち得た久美子にしてみれば、彼女にできないことはもうあまりないだろう。だからだろうか、例によって様々なトラブルごとに巻き込まれながらも、二年生になった自覚も加わってわたしがなんとかしたい/するべきだという思いを強くしていく。

だから結果的に、彼女は下級生だけではなく上級生からの信頼をさらに厚くしていく。結末にも触れるので詳しくは書かないが、次の世代へ向けての久美子の役割はさらに彼女の力を高めてくれるものになるだろう。


そう考えると徹底的に個人主義を貫く麗奈は対照的に映る。自分にはないものを持っているからこそ久美子は彼女に惹かれるのだし、久美子の器用さを麗奈もまたあこがれたりするのだろう。

「学校って、一人の子に厳しいからね」(p.121)という言葉を交わしたあとに、「うん、他人に合わせるの、べつに嫌いじゃないし。自分の意見を主張し続けるほうが、私には難しいかな」「アタシ、久美子のそういうとこ真似できひんなって思う」(p.122)と一言ずつ会話をするシーンがあるが、二人の個性と関係性がこのやりとりに実に分かりやすく凝縮されているなと思う。

集団においては久美子の持つ能力は重要だが、皆が久美子になる必要はない。麗奈の強みはまた、そうした自分とは違う他者の能力を認められることだろう。フルートの技術なら誰にも負けないとエゴを張るが、それ以外の部分での未熟さを認めることも、彼女の魅力の一つだと思う。誰もが完璧ではないから、信頼し、協力し合うことに意味があるのだ。


百合的な意味でもかなり楽しめる展開がちりばめられていて、久美子と麗奈がプールに行く前に水着の試着をするエピソードにはとてもドキドキしたし、スタイルでは麗奈に勝てないことにしょぼんとする久美子や、そんなことは特に気にせず久美子のことを素直にかわいいと褒める麗奈の、二人がとてもかわいくていとおしい。

もちろん新しい対立を生みながらも進展していく希美とみぞれの関係や、大学生になっても香織と晴香の関係が続いていることだったり、いままでのシリーズのレガシーを惜しみなく発揮しつつさらなる展開を書こうとする武田綾乃には感謝しかないなと思った。

[2017.10.19]