数学を探究する青い夏 ――王城夕紀(2016)『青の数学』新潮文庫nex

王城夕紀という名前に以前から興味は持っていたので、新潮文庫nexで出したこの本もすぐ手に取った。最初に王城を読んだのは『伊藤計劃トリビュート』所収の短編だったので、数学を探求する高校生たちの群像劇、という本作には新鮮な印象を持った。

本作を買ってすぐ読んだときは少し駆け足で読んでしまったので面白さをつかみそこねてしまった。二周するとボーイミーツガールから始まるごくありふれた青春小説のような様相を呈しながら徹底的に数学に没入していく様子が鮮やかに見える。たとえば「青春って言うけどさ、俺にとってはどう考えても春より夏なんだよな」(p.162)という東風谷のセリフは、とてもメタ的であるとともに本作の魅力を端的に表現している。青い春なんていう生優しいものではない。戦ったり争ったりする必要のない数学で競争に没頭する様を青くさく夏のように熱い。その熱さが静かに書かれるのは、スポーツのような激しさではなく頭脳戦だからか。

雪の日に数学オリンピックを制した女子高生、京香凜に出会うプロローグ。勉強はできたほうで、なかでも数学が得意の主人公の栢山がメインヒロイン(と思われる)七伽の所属する数学研究会に誘われて所属するまでが物語のオープニング。数学研究会は明確な活動方針も実態もなく、顧問はいるがたいていは不在。栢山が部室を訪れると七伽が部室でバトントワリングの練習をしていたりする部活である。

部活というよりは大学のサークルのような自由さで、七伽もその自由さを求めて数学研究会を立ち上げたと語っており、主人公の栢山を混乱させていく。 七伽は本編での登場シーンは実はさほど多くないので、まだまだ謎めいた、そして自由なヒロインであることを栢山と読者に印象づけてくれる。

文章は栢山の三人称で進むが視点は栢山の一人称だと思っていい。彼と周囲、たとえば先ほど名前を出した山登りの趣味がある東風谷やもう一人のヒロインである五十鈴先輩などキャラクターには富んでいる。あるいはネット上の数学バトル空間、E²など、リアルでもネットでも栢山はとにかく数学に打ち込む。

数学が面白いとか面白くないとか、役に立つとか立たないとか、そんなことはどうだっていい。得意だからやっている、ただそれだけ。だから頭角を現す。誰より上に行く。それだけが目標であり、ゲームのゴールだ。(p.146)

先ほどキャラクターに富んでいると書いたように、もちろん数学に打ち込むのは栢山だけではない。学校にもネット上にもライバルはあちらこちらにいる。だから第2章「夏の集合」で、栢山はある大学での合宿に参加する。いわばスポーツ選手にとっての自主トレであり、対外試合だ。

フィボナッチ数列、黄金比、ガロア理論・・・・・・数学を学んだことのある人間なら多少は聞きかじったことのある高度な問題に、数学に純粋すぎる高校生たちは挑んでいく。この合宿で登場する五十鈴と相馬は二人とも魅力的なヒロインだ。秋から始まる次のシリーズでの再会が待ち遠しい。

30近くのラウンドを行う合宿編は数学的な見所も多いと思われるが、それ以上に彼らだって普通の高校生だと思わせる描写や会話が仕込んであるのがいい。たとえば七伽はこの合宿には参加していないが、栢山と携帯で連絡を取り合っていて、二人とも甲子園の結果を気にしている。あるいは、東風谷が山に登っていたり、誰が誰に告白したり~と言った、高校生にとっての夏の一幕への描写を王城は忘れない。栢山の一人称に見せかけた三人称であるからこそこうした目配りも生きてくる。まぎれもなく群像劇であるし、青春の物語なのだと。

結城浩の『数学ガール』は数学の参考書として優れているが小説としては少し物足りないところもあった。本作は作家の書いた小説なので数学的には物足りないかも知れないが、複数のヒロインが数学ガールとして登場する青春小説としては読み応えが十分だ。数学バトルのシーンなどはアニメ化しても映えそうだし、あのキャラはこの声優がいいかな、などと考えながら(とても個人的に)楽しい読書をできた小説でもあった。

(2016/12/25)

初版:2016年8月(新潮文庫nex)