対談 津村耕助氏

〜パズルウェアから考える身体と服〜後編

パッケージに合わせなくて良い価値観、 障害って言葉がなくなる世界

それって服自体を人に任せるってことじゃないですか。これまでの流れで言うとシステム化された既製服があって、それに当てはまらない人っていうのは出てきて、それがいわゆる普通の人とは違う体型とか何かしら身体に不自由がある人とかになると思うんですね。言い換えれば既製服というものに当てはめようとするからそれから外れた人のことを障害があるという風になるって風潮があって、みんな言わないけど感じていて、じゃあ障害と言わないようにするには、当てはめようとしないことが一番の解決策であると考えてます。着れないものを着れるようにすることもいいとは思いますが根本的な解決策にはならないからそれ以外の価値観を提示したくて。僕は身体的に障害があるって決めたのは社会が作ったものだと思っていて、なんの問題もない人を健常者というと。そういう全ての人に当てはまるモノ・服など何かがが存在すれば障害って言葉もなくなると考えてるんです。

津)社会が問題のない人には寛容というシステムが出来上がっちゃってるんだよね。さっき話したように服には襟があっていうのと一緒だから。でもシステムに余白ができてくるとそれはそう感じなくていいってなるよね。ファッションモデルだって変わってんじゃんって思うよね。あの身長で9頭身とかそっちの方がおかしくないかって思うよね。

あんな人いませんもんね。

津)モデルのような人は少ないよね。そこを美としているだって考えればおかしいし。ないでしょそのなのって(笑)

僕は今ある”美”っていうものを一回考え直す必要ってあると思うんです。そうでないと似合わないとか障害があるっていう人はそのままだし、そうするとファッションって窮屈なものだと思うんです。それに対して文句を言っても仕方ないなって思って。世間の価値観に合わせようとすると合わない人だって出て来るわけだし、それは精神的にも肉体的にも。なのでどっか解放する価値観だったりカルチャーを提供していかないと報われないような気がしていまして。合わせようとする考えがもったいないなとも思っています。そこはファッションが一番容易く、身近にあるもので一つの解決策なんじゃないかって思っています。

津)昔の着物は新品を買うことがなくて、糸をほどいて丈直しやボロくなったら縫い付けしたり調整するし、あと着物には肩幅ってものがないけど例えばジャケットになると肩幅が決まっていたりシステムが存在する。パッケージに合わせて人間が努力しているというか。ハマればそれなりにかっこよく見えるが、ハマらないとなると窮屈だよね。

みんなちょっとずつわかってはいるけどシカトしていると思っていて、そこでお伺いしたいのは津村さんのあるインタビューでクリエイションの原点はコンプレックスの解消と答えていましたが、それについてお聞きしたいです。

津)幼い頃指を怪我して中指が曲がらなくなっちゃたんです。中指が曲がらないままあるから邪魔になるのね。曲がらないから当たっちゃうのよ。だから指サック作った。もちろんプロテクトでもあるけど目立たせていることに意味を持つとそれがファッションになる思う。コンプレックスを身体の特徴として逆手に取るというかね。

また中指っていうのが意味を持ちすぎてますよね(笑)

津)そうね(笑)だからファッションっていうのは身体と関連付いていて補っいる面と主張する面がある。最近だとパラリンピックの選手がつけている義足とかかっこよくなってるし、機能的にもなってたりするよね。

僕はそれを考えていて将来的に足あるけど義足の方がかっこいい機能的だから切っちゃってカスタマイズしようかなってなるんじゃないかと思ってます。すごい逆転が起きると思うんです。

津)出てくるね。整形があるくらいだからね。

そうするとファッションの概念が覆されますよね。そうなると布を使うっていうことも変わってきて壊れたら取り替えたり、別に手が2本じゃなくて3本あっていいし、足も2本じゃなくていい。

津)僕も幼い頃映画やアニメで海賊がつけてたフック憧れてたしね。かっこいいなって思っていたもんね。

そうすると体っていう概念が変わってきますよね。カスタマイズできるから自分が都合の良いものをつければ良いんですから。なると障害ってなんだろうってなる。逆に手足がない人の方がカスタマイズしたいと思った時つければいいのだけど、ある人は1回切らなきゃいけないからリスクあるし逆転するんじゃないかと思ってます。

津)それはあると思うよ。フェティシズムだと思うよ。それをいうとハイヒールもだよ(笑)ヒールがあんな高いんだよ。

これはものすごく飛んだ話なのですが、デジタルが発展するにつれて今あるもの例えば仕事でいうと肉体労働と呼ばれるものが全てオートメーション化するし、現在もパソコン一台あれば仕事できています。Skypeがあれば外に出なくともMTGにできたり。そうすると障害っていうものが苦じゃなくなります。僕も家にいれば心配することないのですが、外出る時トイレは大丈夫かなど車椅子乗ってて起きる不便なことを想像しなければなりません。極端にいうと将来寝たっきりでも仕事ができる世の中になると思っていて、そうすると身体以外の能力が重視され仕事っていう意味でいうとフラットになり、いわゆる障害って言葉がなくなると思うんです。とても飛躍した話ですがそんな世の中がきた時ファッションってどういう価値になると思いますか。

津村氏)そうなると服っていうのは部屋になるんだよね。あとは外に対する自分っていうのは映像でもいいし身体とは関係ないところで脳内のイメージで出てくればいいわけだから。

そうなんです。じゃあそういう未来が来ると考えてそっちの方がいいと思う当事者はこのままでいいのかという話になってきて、どうアプローチするかていうのを考えて行動しなくちゃいけないと思っていて。自分たちの都合の良い環境づくりを作って広めていった方が精神的にも肉体的にも安定します。型にハマって行き続けるよりはマシだと思うんですよね。

津村氏)そうね。わがままにやればいいと思うんだよね。社会の仕組みに従う必要もないしね。今の人たちは大人しいから口で言うよりも作っちゃった方がいいんじゃないかと思うよね。俺は思ったら作っちゃう方だからパズルウェアを作っちゃうんだよね。例えばスティーブンジョブスがコンピュータをパーソナルなものになればいいって作っちゃって発表した。自分がこうしたいからということを考えると始めてしまう。失敗は多いと思うけど結果世の中を変えるものになっていったわけだから。だからどんどんやっちゃえばいいと思うんだよね。ファッションもそもそもはそういうものだったからね。自分が着たい服を作るところから始まってるから、今は作ってる人少なくなっているよね。

・ファッションもアートも対話が重要

津村さんはファッションデザイナーでありますが、アートの分野でもご活躍されています。ではあえてなのですがなぜこういう活動をされてますか。

津村氏)よくアートだと言われます。日本は空気読めっていうのがあるよね。海外では様々な宗教や人種、民族がいるから価値観がそれぞれだけど認めていこうという考えがある。それでおかしかったら「なんで?」って聞くのよ。そしたらこうこうだから〜あ〜そうなんだって納得する。またそういう話し合いを持つためにアートがあって例えばレセプションとかで「これどう思う?」「いいと思わない、僕の文化はこうでこういうことだから」っていう異民族の話し合いの場を持つためにアートがあると思う。隣にいる人がどういう人かわからないから話して理解しないと怖いからね。ファッションはオールジャンルに精通し、あるルールを逸脱しないと感動は生まれないと思う。だから必要なんだ。

対話が必要ですよね。その身近なものでファッションがあると思って、流行のものが着れないなら着なくていいし、じゃあ特殊な服着てたとしたらなんで着てんの?って会話が生まれた方がより良いと思っていて、ファッションから障害を持つ人のことを知るってあると思うんです。

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今回の対談は津村さんがパズルウェアを発表していただいたから既製服ってなんなのか、なぜ未来の服だと僕は思ったかという考えが生まれ、自分のファッションに対する価値観を見直し記事にしたいと思ったきっかけでもありました。

後書き

パズルウェアの存在が私の中で既製服ってなんなのか、なぜ未来の服だと思ったかという考えが生まれ、自分のファッションに対する価値観を見直し記事にしたいと思ったきっかけでありました。

今回お呼びした津村さんは福祉に関係している方ではなく、いちファッションデザイナーとして長年活躍されている方です。違う価値観の方とお話しすることで自分のこと、相手のことをしっかり聞き価値観の共有や新しい考えなどの発見がありま

その対話が福祉にも必要なのです。

私の人生で離られない福祉はすごく閉鎖的だと思っています。それは福祉に興味がある人が集まり当事者と一緒に考えるという活動をしがちだからです。当事者のまわりが障害に関して理解があり詳しく説明しなくてもなんとなくわかる、という空気は良いかもしれません。本当は一人一人違うからなぜ・なんでと疑問に思うことを聞きコミュニケーションをとらないといけないのにその場があまりありません。

当事者として、福祉に携わったことのない方と障害や福祉に興味をもってもらい理解し合うような対話が必要なのです。しかし、障害者はこういうことに困っている、理解してもらえてなくて辛いなどのマイナスな面を伝えたいわけではない。「こういう価値観はどう!」「こういう生き方した方が楽!」という提案をしたいのです。その方が新しい道が開けると考えています。

社会の型にどうやったらハマるかという生き方よりもここではそうではない価値観でお話していきます。 社会に対してストレスを感じる方は、勝手に自分の都合の良い環境を作り出すことも重要だと思います。 人と違うことは痛みを伴うかもしれないけれどそうすることで救われる人もいます。 それは1977年に青い芝の会の活動で「バス闘争」の動画を拝見した時、私は救われていると感じました。 現代に生きている私はなんて恵まれているのだろうと、そして先人たちが活動をしていたからこそ今の環境があると考えさせられました。 じゃあ当事者である自分は昔に比べていい環境で生活ができ、その甘い汁だけ飲んでいけばいいのかと思った時、違うんじゃねぇかと。 しかし、同じことをやるのではなく私なりの価値観と時代感で少しずつ変えていきたいと思います。

その入り口としてファッションがあると考えてます。ファッションは大きな力を持っています。

少しずつ自分が見たい風景、環境、時代に近づけるように。こちらを読んでくださった方はなんとなく私がみたい環境を感じ取ってくださったのではと思います。

Art director・ fashion designer
 FINAL HOME project 主催 編装会議 主催
武蔵野美術大学空間演出デザイン学科教授
文化服装学院ファッション工芸専門課程非常勤講師
日本文化デザインフィーラム会員

HP http://www.kosuketsumura.com

写真・協力 株式会社baby i love you 代表小澤恵氏

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徳永啓太

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