Jeux de eau

「あの、失礼ですが……」

男の唐突な問いに女は首を傾げた。

「ひょっとして、ピアノを弾いていらっしゃる?」

「ええ」女は目を丸くした。「むかし弾いてましたわ。でも、なぜ、それを?」

ご存知なのかしらとの女の口調に、咎める気配はなかったけれど、男は少し焦ったような口調になった。

「あ、いえ、その、水の戯れ……」

「は?」

困惑気味の表情を浮かべる女に、男は不器用な口ぶりで理由を説明しはじめた。

「モーリス・ラヴェルの『水の戯れ』、ですよね?だから、ピアノを弾かれるのかなと思ったんです」

「確かにラヴェルは好きだけど……」女は怪訝な顔をしたまま、上目遣いに男を見た。「どうして分かったのかな?」

「だって、jeux de eauってアドレスに書いてあるから」

「ああ、メアドを見て分かったの?」女はころころと笑った。「よくご存知なんですね」

「いえ、たまたまです」

本当は、分からなかった。フランス語だろうと見当つけただけだった。その文字列を検索にかけてみて、それがラヴェルのピアノ曲のタイトルだと知ったのだ。

「今朝もラジオでかかっているのを耳にしました。だから、分かったのかもしれない」

「音楽に、お詳しいのね」

「そんなことは……」

「学生の頃にね、弾いたことがあるの」

女はくすりとほほ笑んだ。

「でも、今はもうムリだな。練習してないもの」

伏し目がちになって、ため息をつくと、胸もとに抱いた赤子をそっと撫でた。

「すみません。ぼくが勝手に……」

メールアドレスの詮索を詫びようとする男に、女は「ううん、いいの」とかぶりを振って、

「思いださせてくれて、ありがとう」

と軽く会釈した。

女の腕の中で、子どもが欠伸していた。(10月19日)