米国不動産テックを震撼させたMLS新ルールとその影響を徹底解説

市川 紘(Ko Ichikawa)
Nov 2 · 14 min read

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ポータルの差別化に利用されるComing Soon/Pocket Listing物件

今回はMLS(アメリカ版REINS)に関連して業界で巻き起こっている騒動の話です。
そんなわけで、まずはMLSのルールについて改めてまとめます。

【原則】物件の販売開始後、24時間以内にMLSに情報を登録する
【例外①】販売開始前(=MLS登録前)であっても「Coming Soon」という形で告知可能
【例外②】売主の許諾があればMLSに登録することなく販売を進めることは可能(Pocket Listings)

本来、これらの販売手法は売主のニーズに応えるために認められてきました。Coming Soon物件は販売開始準備中であっても一定の告知を行いたい場合、Pocket Listing物件はプライバシー観点で物件販売を公にしたくない場合といった具合にです。

しかし、裏を返すとComing Soon/Pocket Listings物件という形であればMLSに登録することなく物件を告知することができるので、物件囲い込みの温床となりつつあるのも事実です。

仲介会社が物件囲い込みを試みる目的は二つあります。

まず一つが両手取引です。仲介会社が物件情報を外に開示せず、他のエージェントによる買主の紹介を抑えることで両手取引(厳密には両手は原則禁止なので同じ仲介会社やチーム内で売主と買主を分担する擬似的な両手取引)を行って手数料収入を増やすことができるのです。

二つ目は、ポータルサイト上でのユニークコンテンツとしての利用です。昨今のオンライン集客の競争激化に伴い、Coming Soon/Pocket Listings物件をMLSに登録せず他社ポータルがデータ取得できないようにすることで、自社ポータルにしか載っていないユニークな物件情報として競合差別化に活用することが大きなトレンドになっています。

この動きは「脱MLS」として当ブログでも何度か紹介してきました。

【参考記事】
REX$45Mなど4社が続々と資金調達。スタートアップ仲介会社が狙う脱MLSとは?

Zillowの本気で加速するiBuyer戦争。対峙するOpendoorの秘策とは?

ZillowのComing Soon物件
RedfinのComing Soon

CompassにとってComing Soon/Pocket Listing物件は最重点戦略

中でも、このComing Soon/Pocket Listing戦略に力を入れているのがCompassです。

このブログでも再三解説してきた通り、Compassはテック企業というブランディングで調達した多額の資金でトップエージェントを採用し、後追いでエージェント向けのシステムを開発してきましたが、裏ではただの古典的な仲介会社と揶揄されています。

【参考記事】
Redfinに続く新世代の仲介会社CompassとeXpの正体

ユニコーン企業Compassは、結局どうマネタイズするのか?
Opendoor450億円/Compass450億円 ソフトバンクの大型出資を徹底解説
米国不動産テック 注目7社のビジネスモデル図解
Compass CEOから従業員への年頭所感メッセージ 全文翻訳

この状況は、同じくSoftbank Vision Fundから多額の資金調達を行いながらも裏ではただのオフィス業と囁かれ続け、ついには大幅な評価額割れに到ったWeWorkと酷似しており、Compassは早急に約7000億円のバリュエーションを正当化できる一手を打たなけれななりません。

不動産業界で高いバリュエーションを獲得しやすいビジネスは言うまでもなくユーザープラットフォームである物件検索サイトなので、Compassは最近になって自社ポータルの開発に注力し始めています。

とはいえ、ZillowやRealtor.com、Redfinといった巨大プレイヤーがひしめくこの領域で、これだけの後発で勝負をするのは至難の業です。

そこでCompassは自社で数多くのトップエージェントを抱えている強みを生かしてComing Soon物件やPocket Listing物件をユニークコンテンツとして掲載することを開始し、CEOもそれを公式に最重点戦略と宣言して推進しています。

Coming Soon物件に加えて「PRIVATE EXCLUSIVE」と称してPocket Listing物件を掲載

NARがComing Soon/Pocket Listing物件のMLS登録必須化の方針を発表

前述の通り、本来は売主のために例外扱いとして許可されていたComing Soon/Pocket Listing物件ですが、このルールを逆手に取って物件囲い込みの温床となり、売主の意向を無視して悪用されるようになってきました。

この状況を危惧したNAR(全米リアルター協会)は今年2019年9月末にComing Soon物件やPocket Listing物件を規制する以下のようなルール案を発表しました。

・Coming Soon物件であっても、その物件情報をMLSに登録して公開し、販売開始と同時にステータスを「Active」に切り替えなければならない
・Pocket Listing物件であっても、販売開始から24時間以内にMLSに登録し、他の仲介会社からの買主紹介に対応しなければならない
・売主がプライバシー観点で物件の告知を制限したい場合は、MLSからポータルサイトへのデータ連携から自分の物件を除外することが可能
・MLSにも載せたくない場合は「Office-Exclusive(店舗に行かない限りは紹介されない)」という対応のみ許可する

要は、「Coming Soon物件もPocket Listing物件も、どっちにしてもポータル上に掲載されてるんだからプライバシー保護の言い訳は成り立たないよね。だからMLSにもちゃんと載せてね。告知を制限したいなら、むしろMLSにだけ登録してポータルに載せなきゃいいじゃん。MLSに載せるのも嫌なくらいプライバシーが気になるなら、一切ネット上には載せずに店舗に行かないと紹介できないようにするのが筋だよね」ということですね。けっこう強気な方針です。

各仲介会社は新方針を概ね受け入れる姿勢

これは近年にない大きな方針転換で業界でも大きな議論を巻き起こしていますが、基本的には「会員は担当物件を囲い込むことなく他の会員にも開示し、協力し合わなければならない」というMLS本来の原理原則に立ち返るための方針であり、概ね好意的に受け止められています。

主要プレイヤーのトップの反応をまとめるとこんな感じです。

http://investors.redfin.com/corporate-governance/management

Glenn Kelman (Redfin CEO)
・賛成する。この業界は消費者の誰もが全ての物件を見られるように協力し合ってきた長い歴史がある
・この社会の基盤は公平性であり、MLSがどのような人種にも全ての物件が公開したことで、我々は暗黒の時代を脱することができた
・RedfinもComing Soon物件を掲載しているが、業界で一般化している手法を導入しただけ 。やめることに何の問題もないが、そのときは業界全体でやめるべき

https://expworldholdings.com/leadership/

Glenn Sanford (eXp CEO)
・新しい方針に賛同する
・eXpにはこの方針がプラスになるエージェントもいれば、マイナスになるエージェントもいて、結果的に大きなインパクトはない
・この方針はより小規模の仲介会社にプラスに働くと思う

https://www.prnewswire.com/news-releases/remax-names-nick-bailey-as-chief-customer-officer-300910873.html

Nick Bailey (RE/MAX Chief Customer Officer)
・この方針の精神を尊重するし、似たような方針をエリア独自に採用してが機能している事例もこれまで見てきた
・一方で全米レベルでこのソリューションが機能するかはまだ分からない
・消費者はMLSにエージェント間の協業の精神、透明性のある手数料体系、全ての消費者への公平性を期待しているが、MLSは未だにエリアごとに分断されている。この状況の方がより大きく、深刻な問題だと思う


というように、これを機にちょっと一言物申したい雰囲気は各社とも出しつつも、総論としてはこの大きな方針転換を支持する姿勢を示しています。

Compassだけは例外で全面対決の姿勢

そんな中、このNAR(全米リアルター協会)の新方針に真っ向から反発しているのが、最重点戦略の出鼻をくじかれた格好のCompassです。

なんと19年10月29日付で、新方針を実行に移した東海岸中央部の複数のMLSを管轄するBright MLSという団体に対して訴訟をほのめかす書面を送付したのです。

以下が書面内容の要約です。

・柔軟性のある民間のウェブサイトでComing Soon物件を掲載することで、事前集客や価格調査を行うことができ、早く高く売れることに寄与している
・Coming Soon物件による販売戦略という選択肢を奪うことは「顧客の利益の最大化」という仲介会社の義務に反する
・このような制限は消費者のニーズに素早く対応するための創造的でイノベーティブな取り組みを阻害する
・司法省および連邦取引委員会は、長年、住宅用不動産業界における競争の欠如の是正を求めており、今回の方針はその動きに逆行する
・Office-Exclusiveは特定の仲介会社のみに物件情報が限定されるので消費者への透明性が低下する
・Bright MLSはCompassを潜在的な脅威と名指しする資料を以前に作成していることから、この方針はCompassを狙い撃ちにしていると考えられ、独占禁止法に抵触する
・新方針の妥当性を問い、これによって発生したエージェントの損害への賠償を求める訴訟を起こす準備をしている

うーん、分かるような分からないような内容ですね。

個人的には、
・Coming Soon物件が禁止されたわけではなくMLSへの登録が義務化されただけ。事前集客や価格調査が大義名分ならMLS経由の露出を増やすことはプラスなので論理が破綻する
・Pocket Listing物件に対しては何の言及もない。おそらく売主のプライバシー保護を大義名分にしながらCompassのサイト上で公開している状況を正当化できない
という理由から、この主張は分が悪いように思えます。

業界の反応としてもCompassへの風当たりは厳しく、「本来MLSは仲介会社間で協力し合うためのデータベースであり、そんなに嫌ならMLSから脱退したらいいじゃん」という声が優勢です。

賛否両論を巻き起こしながら急拡大してきたCompassがいよいよ業界で孤立しつつある状況、あるいはここぞとばかりに既存プレイヤーがCompassの足元をすくいにいっている状況が浮き彫りになっており、今後の展開に注目が集まります。

表向きは業界の自浄作用、裏側ではMLSを物件検索ツールとして復権させる狙いも

今回の騒動から見て取れるのは、アメリカの不動産業界の公平性・透明性に対する自浄作用の強さです。
物件囲い込みの温床に対して毅然とした対応を取り、「会員間で物件情報を公平に開示して協力し合い、消費者の利益の最大化を図る」というMLSの存在意義に立ち返ろうとする動きはとても真っ当で、見習うべき点が多いと思います。

もう一つ、ちょっと穿った見方をするならば、「MLSを物件検索ツールとして復権させたい」という裏の狙いもあるような気がします。

San FranciscoのMLSウェブサイト。主要都市にもかかららず90年代のようなUIでスピードも激遅

MLSはウェブサイトとして一般公開されているもののUIが悪すぎるため、一般ユーザーどころかエージェントにも使われていません。
ZillowやRedfinといった民間ポータルもMLSをデータソースにしているため掲載物件は同じで、分かりやすい・見やすいUIでサクサク動くので、みんなこちらを使っているのです。

10/16–18にSalt Lake Cityで開催されたCMLS(年に一度のMLSカンファレンス)の講演資料より。全米中の800のMLSウェブサイトのトラフィックをすべて足し合わせても5位以内に入れない。(余談ながら弊社Movotoは第5位まで上がってきました)

これらの民間サイトが更にComing Soon/Pocket Listing物件というMLSに登録されていない物件まで掲載し始めると、いよいよMLSの検索ツールとしての価値は形骸化してしまいます。

これに対してComing Soon/Pocket Listing物件の囲い込みリスクを提起し、逆手をとって「プライバシーに懸念のある売主は民間ポータルとのデータ連携から自分の物件を除外しMLSのみに限定公開する」という方針を推奨することで、MLSがもっとも物件網羅性の高い検索ツール・データベースという立ち位置を改めて築き上げようとしているようにも見えます。
(個人的にはもっとユーザーの方を向いてウェブサイトを使いやすくする方が先決だと思いますが)

【今日のまとめ】
・Coming Soon/Pocket Listing物件は両手取引やポータル上のユニークコンテンツ化のための物件囲い込みの温床になりつつある
・これを懸念したNARはComing Soon/Pocket Listing物件のMLS登録必須化の新方針を発表
・各社が新方針に賛同する中、Coming Soon/Pocket Listing物件を最重点戦略に置いていたCompassは訴訟を準備し全面対決の姿勢
・業界の透明性・公平性に対する自浄作用という表向きの見方とともに、MLSを物件検索ツールとして復権させたいという思惑も見え隠れ

※転載・引用は歓迎ですが、クレジット記載をお願いします
※ご質問やご要望がある場合は、こちらにご連絡ください。
proptechblog@gmail.com

市川 紘(Ko Ichikawa)

Written by

シリコンバレーの不動産テック企業Movoto副社長。前職はリクルートのSUUMOで、営業→プロダクト→経営企画マネージャー→新規事業開発部長を担当。

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