Compassが試みる「看板」のテクノロジー化

業界のトップエージェントを採用するとともに、彼らに向けた業務支援システムを独自開発し、仲介会社とテクノロジーの融合を目指すCompass。アメリカ不動産企業史上最大となる450億円を調達し、評価額は2,200億円に到達。彼らの戦略や課題については以前紹介しました。

売り出し中の物件の看板がスマホアプリと連動

今回は戦略うんぬんより、もうちょっと気軽な話題で、そのCompassが昔ながらの「看板」にテクノロジーを持ち込んで進化させようとしているという話です。

おそらく100年以上にわたって変わることのない定番の看板はこんな感じです。「For Sale Sign」といってその物件が売り出し中であることを周知するのが目的です。

定番の看板

それに対してCompassが7月に発表した次世代の看板がこちら。

Compassが新たにリリースした看板

見るからにシュッとしてますが、機能面も今っぽくアレンジされてます。主な特徴はこんな感じです。

・ビーコンが埋め込まれており、Compassアプリユーザーが通りかかればプッシュ通知がされ、物件ページが表示される
・Compassアプリユーザーでない場合はQRコードから物件ページにアクセス可能
・半径6mのモーションセンサーで作動するLEDライトで夜間でも高い視認
・カーナビアプリのWazeと提携しており、地図上に看板の位置が表示される
・高強度のアルミニウム製で雨や雪などの悪天候や極端に高い/低い気温にも耐えられる
・3時間の充電で3週間稼働する
・販売価格は看板一つあたり$1,000(現在は売り切れ中)

ホームページでは公開されていませんが、CompassのCOO曰く、現在は原価が$700かかっており、将来的には$500で販売できるようにコスト圧縮を図っていくそうです。

Compassの看板の紹介動画

おそらくみなさんお気づきの通り、この看板自体はまあ新しいといえば新しいけど、業界にイノベーションを起こすほどのインパクトがあるかと言うと、そこまでではないというのが正直なところです。

Compassとしても、自社エージェント全員に配布するわけではなく販売という形式を取ったこと、売り切れ状態を放置していることからも、これが主戦略とは考えていないでしょう。あくまでPR的な要素が強いと思います。

実際にエージェントの間ではこの看板はちょっとした話題になっていて、「Compassはいろいろ新しいことに挑戦している」というイメージ作りには一役買っているのは確かです。

今回のプロダクト単体での業界への影響は限られていますし、「ビーコン×不動産看板」のアイディアも特に目新しいものではありません。
ただ、このような自由研究的なプロジェクトにリソースを投じて、実際に形にして販売までこぎつける実行力は評価できるんじゃないかなと思います。
これを皮切りにソフトウェア以外でも様々な新プロダクトのリリースがあるかもしれません。

「看板」の集客力は意外とあなどれない

※ここからはマニアックな不動産業界の話になります。興味のある方はどうぞ。

Compassが「看板」に目をつけたのはそれが中古物件売買において意外とあなどれない重要な集客チャネルだからです。

下の図は、以前に「集客におけるオンラインシェアは低く、いまだにリピートや紹介などエージェントが集客の鍵を握っている」というトピックで使用したものです。

エージェント以外で特徴的なのは、物件購入・売却ともに約10%のユーザーが「看板」や「オープンハウス」経由でエージェントを見つけて契約している点です。これは日本では考えられないくらい高い比率です。

以前、僕の会社で調べたエージェント契約の認知経路(再掲)

日米の統計データ(『American Housing Survey of The United States 』『住宅・土地統計調査』)をもとにすると、一生のうちの平均の不動産購入回数はアメリカの2.8回に対して日本は1.8回と格段に低いです。
「一生に一度の買い物で持ち家を購入して、終の棲家として住み続ける」というのが昔ながらの日本の価値観です。

そのため日本では「自宅の売却」となると何やらただごとじゃない感が漂ってしまうため、売り手は情報をあまりオープンにしないケースが多いです。

隣近所に自宅を売りに出していることが知れ渡り、「あそこ、そんなにお金に困っているのかしら」とか、逆に「あのお宅、いくら儲けるつもりなのかしら」とか噂されたくないので、インターネットには情報を掲載したくない、チラシはまくけど隣近所は避けたい、オープンハウス(見学会)の看板は出さずクローズで内見を受け付けたい、という売り手が多いです。

その点、アメリカの自宅売却は底抜けにオープンです。
物件の購入・売却を繰り返すのが当たり前の文化なので、自宅の売却も遠慮なくガンガン告知します。当然ながらその方が売りやすくなるので。

インターネットにも情報をオープンにするし、チラシもまくし、挙句の果てには上で見たような「For Sale(売り出し中)」という看板を家の目の前に堂々と掲げます。
オープンハウス(見学会)をする際にはオープンハウス案内看板を20個くらい近隣エリアに置いて、人をどんどん呼び込みます。何ならクッキーを焼いてシャンパンを振る舞い、オープンハウス来場者をもてなします。

オープンハウスの案内看板。物件周辺のそこら中に置かれる
典型的なオープンハウスの風景

エージェントの目線では、こうして売り出し中の物件に買い手を集客できる看板は重要な集客チャネルです。
さらに付け加えると、看板は新たな売り手を獲得するうえでも非常に有効です。

物件売却を成功させるにはエージェントの「地元エリアでの経験や知識」がモノを言います。
そのため物件売却を検討している人は、看板を通して近所の売り出し物件のエージェントが誰かを把握して、オープンハウスに行ってみてそのエージェントの活動ぶりをチェックして、良さそうだったら「私の家の売却もお願いするわ」となるのです。


ちょっと余談ですが、看板・オープンハウス以外だと「Just Sold」といって「私この物件をなんと◯◯ドルで売りました」というドヤ顔のチラシやポストカードを近隣にばらまく戦法も一般的です。

もう売れた物件を広告するなんて日本ではあまり考えられないですが、「あの家、こんな高く売れたの?じゃあ私もこのエージェントに頼んでみようかしら」となって、次の売り手の集客につながるのです。

Just Soldのドヤ顔の数々

看板マーケティングの覇者 Comfree

余談ついでですが、この看板・オープンハウスを中心とした地元集客のマーケット構造に着目して大成功したのがカナダのComfreeという仲介会社です。
2009年創業と仲介会社としてはかなり後発ながら、ケベック州を中心にListing Share(全売り出し物件に占める自物件の割合)25%という驚異の数字を叩き出しました。

彼らは「物件価格×2.5〜3.0%」という従来の仲介手数料ではなく「1物件あたり一律$1,199」という固定フィーモデルを導入することで成功した、と一般的に言われています。

しかし、実際に話を聞いてみると、地元エリアの動線を科学的に分析しながら相当な数のオープンハウス案内看板の設置を徹底したことが、固定フィーモデル以上に成長の原動力となったと語っていました。

地元エリアの動線を分析して設置。運転中の車からでも見えやすいよう他社よりサイズが大きい。

ちなみにこのComfreeはイギリスの仲介会社Purplebricksに今年7月、約40億円で買収されました。PurplebricksはComfreeと同じく固定フィーモデルを展開し、イギリス全土で5%のListing Share(これもすごい)を誇る2012年創業の仲介会社です。

「看板」からは話がそれてしまうため、また別の機会にまとめようと思いますが、従来の仲介会社より割安・シンプルな仲介手数料モデルを展開するプレイヤーも増えてきており、要注目です。

【まとめ】
・Compassがスマホアプリの物件ページとの連動・夜間のLEDライトといった新機能を実装した看板をリリース
・新しい看板の業界全体やCompassの戦略へのインパクトは小さく、PR要素が大きい
・看板の集客力は意外なほど高く、カナダではComfreeの成長の原動力となった

※ご質問やご要望がある場合は、こちらにご連絡ください。proptechblog@gmail.com

市川 紘(Ko Ichikawa)

Written by

シリコンバレーの不動産テック企業Movoto副社長。前職はリクルートのSUUMOで、営業→プロダクト→経営企画マネージャー→新規事業開発部長を担当。

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