SEC(米国証券取引委員会)の最新資料を基にトークンの証券該当性を考える~前編~

Eisuke Tamoto
12 min readJul 15, 2019

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注)本記事では暗号資産と証券の法律に関する考察が書かれていますが、記事内容は資料に基づく筆者による解釈のまとめであり、法的正当性を保証するものではありません。

はじめに:この記事は何が書いてあるの?

暗号資産と証券との法的関係性は多くの国でここ数年論点となっています。世界最大の経済国家アメリカでも例外ではありません。アメリカでは証券取引委員会(SEC)が証券分野の監視を行なっています。故に彼らの考え方、行動が今後の米国内ひいては世界の暗号資産の扱い方に影響を与えることは不可避と言えるでしょう。実際、彼らの一挙手一投足は度々クリプト関連メディアで注目ニュース記事となっています。

SECは今年の春以降「暗号資産と証券」の定義に関連して公式ドキュメントを複数公開しました。これらのドキュメントを整理することで、SECは暗号資産と証券との区別をどのように考えているのか、を垣間見ることができます。そこで今回のシリーズでは、前編で「SECが掲げる暗号資産の証券該当有無の基準」を整理するとともに、後編では実例を基にSECの姿勢を考察してみたいと思います。

また、シリーズの最後には米国と日本における「暗号資産×証券の法的立て付け」の違いについても少し言及します。両国の建て付けは大きく異なります。この違いを把握せずに米国の法制度を日本へ活かそうと考えてもなかなか上手くいきません。このシリーズを通じて、アメリカの法規制の現状を知るとともに、日本法との違いも把握し、今後暗号資産を法的に考える一助となれば幸いです。

Howey Testの整理:証券該当性基準とは

アメリカでは証券商品に該当するか否かについて、最終的には裁判を通じて裁判所によって柔軟に判断されています。その判断基準となっているのが、1946年の「SEC対Howey社」訴訟で連邦最高裁判所によって出された基準であり、通称「Howey Test」と呼ばれるものです。この単語はブロックチェーンに携わっている人なら聞いたことがある人も多いでしょう。

Howey Testで出された判断基準とは「 “他者の労力(the efforts of others)”によって “利益を生むことを合理的に想定(a reasonable expectation of profits)” して “共同事業(a common enterprise)” に “ 金銭をもって(the investment of money)” 投資すること」というものです。この基準を満たせば証券性のある「投資契約」であると判断されます。契約対象については制限されておらず、この要件を満たせば投資であると見なされます。実際、上記のHowey裁判はオレンジ果樹園のオレンジへの購入契約が投資契約に当たるかが争われた裁判でした。

ブロックチェーン界にとって問題となっていたのは、ICO等でのトークン購入契約がこの基準を満たしてしまうのか否か、です。トークンに係る明確な判例が存在しないので、監視当局であるSECによるHowey Testに関する判断の発表が待たれる状態が続いていました。そんな中今年の4月、ついにSECがトークン(資料内、digital asset)に対するHowey Test適用のガイドラインを発表しました。それが下記の資料1になります。前編では、そのガイドラインを基にトークンの証券該当性についてまとめてみます。

このガイドラインでは、上記判断基準を「金銭性」「共同事業性」「他者による行為」「利益期待」の四つの要件で整理して説明しています。以下それぞれの基準について説明していきます。

Howey Testの基準全体図。以下の内容を通じて、各ハコ(要件)の中身を埋めていきます。

その内、前者二つについてはほとんどのプロジェクトが該当している、と説明されています。
「金銭性」については法定通貨に制限されず、価値のあるもの(サービス)を供与する場合は「金銭性」有り、と判断されます。エアドロップについても該当可能性があると資料では説明されています。
「共同事業」についても、プロジェクトのほとんどは、トークン保持者同士が利害を共にし実質的運用者とも利害が一致していると言えるので該当する、と言われています。この基準は事業が法人等の組織を構成していなくても該当する可能性があるので注意が必要です(後編で再度言及します)。

トークン発行との観点で論点となるのは、「他者労力性」と「利益期待」の二つの要件です。なぜなら明確な基準がなく個別判断によりがちな要件のため、具体的な基準の検討がしにくいためです。ガイドラインでもこの二つの要件説明に紙面のほとんどが割かれています。二つの基準は、商品(トークン)そのものだけではなく、どのようにトークンセールが行われたか、という販売容態も考慮して判断されます。これを前提として具体的な要素の検討に入っていきましょう。

「他者労力性」は 「主要プレイヤー(資料ではActive Participantと表されています)の活動がトークン販売の結果やトークン価値の上昇(下落)に大きい影響を及ぼすと考えられるか否か」、で判断されます。この主要プレイヤーは発行体だけでなく、仲介者や広告社も当てはまると説明されています。
この基準だけでは未だに具体性が乏しいですが、ガイドラインでは考慮要素が列挙されています。ただこれらの考慮要素は総合判断要素であり、全ての要素を満たしていなくても各要素の該当性強弱などで判断が変わってくるので注意が必要です。

1つ目の考慮要素は、「主要プレイヤーがプロダクトやコミュニティ発展のために労力を注いでいるか」です。トークン発行時にプロダクトやコミュニティが発展途中であるプロジェクトは基本的に該当すると説明されています。なぜなら、トークン購入者は主要プレイヤーの今後の活動を期待して購入するからです。発行主体が明確なICOプロジェクトは基本的にこの要素は満たしていると言えるでしょう。
2つ目は「プロダクトやコミュニティの維持、発展に対して必要不可欠、もしくは責任を持っている主要プレイヤーが存在していると言えるか」です。分散型自立組織(DAO)の場合はこの要素には当てはまらない、と明記されています。
3つ目は「主要プレイヤーがトークンの価格維持に関与しているか」です。トークンの供給を調整したり、発行を抑制できたりするプレイヤーが存在する場合はこちらに当てはまるとされています。
4つめは「主要プレイヤーがコミュニティ機能や、トークン発行に係る事項を決定できるかどうか」です。具体的には、報酬の決定/変更やセカンダリー上場、新規発行の判断、調達資産の使用方法の決定等を主要プレイヤーが行うかどうか、とされています。筆者としては報酬方法の決定変更、という部分が興味深いと考えています。マイニング報酬量の変更がプログラム的ではなく人為的に決定される場合はこちらの要件に該当する可能性があるからです。
最後の考慮事項は、「投資家が投資時に上述の事項を行う主要プレイヤーが存在すると認識できる状態にあったか」です。その具体的要素として、発行様態や、コミュニティやプロダクトの知的財産権の帰属状況、主要プレイヤーによるトークン保持割合が挙げられています。トークンの自社保有はが多いことは、当該プレイヤーの労力がプレイヤー保有トークン価値の上昇、すなわち利益の向上を意味するので、トークン保持の状況が要素として挙げられている、と考えられます。

以上が「他者労力性」に関する整理でした。続いて「利益期待」の要素について整理します。この要素は、「主要プレイヤーの活動によってトークン価値が上昇することを投資家が予測できたか」で判断されます。こちらも具体的な考慮要素がガイドライン内で説明されているので詳しく見ていきましょう。

一つ目の考慮要素は、「主要プレイヤーが得た利益の一部が投資家に還元されるか否か」です。具体的には、活動(開発や広告など)によりトークン保持者への配当増額や、セカンダリーにおけるトークン価格の上昇に繋がるかどうか、を意味しています。なので、主要な団体による開発経過発表によってトークン価格が変化するトークンはここに該当する可能性があると言えます。ただし、インフレなど経済状況要因による価格変動については除外される、と説明されています。
二つ目の考慮要素は、「セカンダリーにトークンが上場されることを投資家が予見できる形でトークン販売がなされているか」です。主要プレイヤーが流動性やキャピタルゲインを謳っている場合はこの要件に該当すると判断できるでしょう。
三つ目の考慮要素は、「トークンがコミュニティに必要とされる量より多く発行される、もしくは将来発行される、と投資家が想定できるかどうか」です。あくまでコミュニティ通貨として機能するトークンのみが証券ではないと判断されるので、その機能以上に発行されるトークンは証券該当性があると見なされる、ということになるのです。それに関連して、考慮要素として、「ネットワーク参加者以外の投資家がトークンを持つことが想定できるくらいのトークン量が発行されているか」、「ICOを通じて、開発に必要な資金以上の資金を調達しているか」なども列挙されています。
四つ目の考慮要素は「トークン発行や、開発を通じて主要プレイヤーも利益を獲得する環境にあると投資家が判断できるか」です。例えば、発行に際して一定程度のトークンを発行者や一部のプレイヤーに予め割り振って利害を一致させることをホワイトペーパーなどで謳っているプロジェクトはこの要件に当てはまると言えるでしょう。

以上が「利益期待」に関する考慮要素でした。これらの要素を基に証券該当性が判断されるわけですが、このガイドラインでは証券に当たらない除外要素についても説明されています。最後にこの除外要素について整理していきたいと思います。

除外要件の基準は「コミュニティ商品、コミュニティ通貨性」にあります。「利益期待」の部分で上述しましたが、コミュニティ内決済手段として発行されるトークンであるか否かが重要視されているようです。これを判断する要素として具体的に以下の除外要素が説明されています。

一つ目は「コミュニティやプロダクトの完成度の高さ」です。トークン発行時にプロダクトがほぼ完成に近い状態であるほど証券該当性が除外される可能性が高くなります。理由としては二つあると考えられます。一つ目は、即決済手段として使われる可能性が高いのでコミュニティ通貨であるとの主張が通りやすいこと。二つ目は、トークン使用用途の将来不透明性が低く投資性が減ること、です。
二つ目の要件は、「トークン保持者が保持へのインセンティブを働かせないようになっているか」です。あくまでコミュニティ通貨ですので、長く保持することで価格が上昇するなどの期待をさせてはいけない、ということのようです。

これら二つの除外要素に当たる実例として、既存ネット通販業者などで使われる流通通貨が例示されています。管理コミュニティ以外への譲渡の制限や、価格の一定化などを行なって流通させていれば証券としては見なされないということになりそうです。

ただ、これらの要件を満たしたトークンというのは一見既存の電子ポイントや通貨と変わりがないことにもなってきそうです。証券性を逃れる形でコミュニティ通貨を発行しようとするプレイヤーは既存技術と差異化するためにも、なぜブロックチェーンを使うのか、分散台帳技術を利用する意味はどこにあるのか、を深く考えて設計する必要性が高まっていると言えるでしょう。逆に、少しでも投資性のあるものとしてICOを行う場合は、SECに投資商品の発行としてReg A+などの例外規定の認可を受けるという行為にでる必要があると考えられます。

4要件の具体的要素を埋めた図を再度掲示しておきます。今までの説明をまとめると以下の図のようになると考えています。

4要件の内、後者二つが微妙な線引きとなっていることがわかる。

このように、具体的な要素まで落とし込めるのは規制の実用化が進んでいる証拠と言えるでしょう。ただ、それ以上に実用的だと言えるのは、SECがこのガイドラインを基にしたと思われる証券性判断の実例をここ数ヶ月でいくつか出していることにあります。今回紹介した要件要素を基に後編では、SECが実際の事例でどのような基準で証券性判断を行なっているのかを考察していくことにしましょう。

本シリーズ参考資料

本シリーズではSECが発表したドキュメント、SECの主張が載っているドキュメントとして以下の四つを参考としています。

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Eisuke Tamoto

University Students studying Law at The University of Tokyo. Analyst at LayerX. Twitter(@coin_ettomato)