DeFiを牽引するMakerDAOのインセンティブメカニズム

Daisaku Yamamoto
14 min readMar 17, 2019

先日、ポッドキャストMakerDAOについて話しました。

DeFi(Decentralized Finance)という従来の金融商品を分散ネットワークを用いた信頼性・透明性の高いプロトコルにしていこうというムーブメントはとても興味深く、そのなかでもMakerDAOというプロトコルの持つインセンティブのメカニズムには洗練されたものを感じています。

今回、ポッドキャストで伝えきれなかったMakerDAOの仕組みとインセンティブについて調査・分析したことをまとめてみます。

MakerDAOとは?

MakerDAOはステーブルコインであるDAI(USDにソフトペグする暗号通貨)を支えるプロトコルです。 Collateralized Debt Position (CDP)というシステムにより担保されたETHによってDAIの価値を維持するための様々な仕組みが、Ethereum上のスマートコントラクトで実現されている点がユニークです。

https://makerdao.com/en/dai

またCompoundDharma LeverのようにステーブルコインDAIを扱うサービスが増えてきていることや、instaDAppのような外部の開発者がMakerDAOプロトコルを利用したサービスを提供することが可能なため、DAIの流動性を高めるエコシステムが形成されています。この状況から、DeFi(Decentralized Finance)というムーブメントはDAIを取り巻く分散型のエコシステムが形成されていることとも捉えられ、DAIを扱うレンディング、トレーディング、デリバティブのプロトコルは今後も増えることが考えられます。

https://twitter.com/ForegroundBlock/status/1106261808527142913

MakerDAOの利用状況

MakerDAOの2019年2月末の発表によると、ETH全体の2%以上がMakerDAOのスマートコントラクトにロックされているということです。

2019年3月15日時点のDAIの統計データ https://mkr.tools/tokens/dai

1DAI以上を保有する保有者、取引しているアクティブなアドレスも毎月+20%の成長を続けています。

https://blog.makerdao.com/dai-in-numbers/

またDeFi(Decentralized Finance)関連のサービスの数値を確認できるDeFi Pulseのデータによると、MakerDAOでロックされているETHの時価総額は2019年3月15日時点のレートで、$285.7M(約319億円)となっています。

2019年3月15日時点のDeFI Pulseのデータ https://defipulse.com/

ETH in DeFiでは5サービスが比較されていますが、MakerDAOの占める割合の大きさがさらに分かりやすく表示されています。

https://mikemcdonald.github.io/eth-defi/

DeFiにカテゴライズされるサービスはMakerDAO以外にもCompoundUniswapdYdXDharma Protocolなどが挙げられますが、ロックされているETHの量からみると、MakerDAOが占める割合が大きく、DeFiのなかでも最も成功しているプロジェクトであるといえます。

MakerDAOの使い方

ETHのみを担保として扱うSingle Collateral Dai(SCD)を採用している現在(2019年3月)のMakerDAOの基本的な使い方は以下のとおりです。

CDP Portalで、Collateralized Debt Position (CDP)を作るために担保となるETHを入金。

・担保となるETHの量に応じたDAIを発行。この際、担保率が150%以上の割合になるようにDAIを発行しなければならない(例: $150相当のETHを入金した場合、$100相当のDAIまで発行可能)。DAIを発行した後、ETHの価格変動により担保率が150%を切るとCDPは自動的に清算される(+13%のペナルティ支払い)。この清算を避けるためには、担保となるETHを追加入金するか、DAIを返却してCDPのDAIのポジションを減らす必要がある。

https://cdp.makerdao.com/

・担保のETHを取り戻したい場合、CDPで発行したDAIの量+安定化手数料(APR3.5%/状況によって変動)を支払う。

https://cdp.makerdao.com/

CDP発行の詳細なフロー

CDP発行では、ETH -> WETH -> PETHという変換が行われています。

・ETHをERC20にするためWETH(Wrapped ETH)にラップ。

・WETHをプールに入れる。これでWETHがPETH(Pooled ETH)になる。これでCDPを作る準備が完了。

・PETHを担保にしてCDPを作る。

・PETHの担保率が150%以上になるようにして、DAIを発行。

CDPが清算される場合の詳細なフロー

CDPはETHの価値を担保にしているため、ETHの価格が下がった場合には自動的に清算される仕組みを持っています。

・CDPを作った後、ETHの価格が下落することで担保率が150%を下回ると、キーパー(後述)がCDPの清算処理を実行。

・CDPの清算時には、担保の100%+ペナルティ13%の合計113%のPETHが担保から引き出される。

・このPETHは担保オークションにかけられ、DAIで3%割引で購入可能になる。

・このPETH販売で得られたDAIは清算されたCDPに返却・burn(焼却)され、CDPがクローズされる。CDPに残ったPETHは元々のCDP作成者に返される。

・PETH販売で得られたDAIが少なくCDPがクローズできない場合、CDPに残ったPETHでDAIが購入され、CDPに返却される。

CDPのユースケース

このCDPを利用するケースのひとつとしては、ETH/DAIのロング取引が挙げられます。以下は、$150相当のETHを持っているAさんがCDPを利用して発行したDAIでETHを購入することで、ロングエクスポージャーが約166%になる事例です。

https://www.prototype.fm/56

CDPに関連するインセンティブメカニズム

このCDPの仕組みはステーブルコインDAIの価格調整にも影響を与えています。

CDP保有者のインセンティブは何か?

CDPのスマートコントラクトでは1DAI=$1として動作していますが、実際のDAIの市場価格は変動しています。このDAIの価格のギャップにより得られる利益が、CDPの作成・クローズを行わせるインセンティブとなります。

1DAIの価格が$1を下回っている場合:

・1DAIの価格が$1を下回ったら、CDPにDAIを返却する人は安く返却できるので、返却する人が増える(と考えられる)。返却されたDAIをコントラクトはburn(焼却)することでDAIの供給量が減り、DAIの価格上昇につながる。

1DAIの価格が$1を上回っている場合:

・1DAIの価格が$1を上回ったら、CDPでより多くのDAIを発行できることになるためCDPを作る人が増える(と考えられる)。DAIの発行量が増えることで、DAIの価格下落につながる。

またCDPにDAIを返却する際の安定化手数料(APR3.5%)の割合も、DAIの価格に影響を与えています。

安定化手数料が低くなった場合:

・CDPを作りDAIを発行する人が増える(と考えられる)。DAIの発行量が増えることで、DAIの価格下落につながる。

安定化手数料が高くなった場合:

・CDPをクローズする人が増える(と考えられる)。DAIはCDPに返却されburn(焼却)されるため、DAIの供給量が減り、DAIの価格上昇につながる。

この安定化手数料はMKRというMakerDAOのガバナンストークンの保有者の投票によって決定されるのですが、2019年3月に1%から3.5%に上げられました。このような分散型のガバナンスにより金融政策のような決定がされることもMakerDAOの特徴です。

このように市場価格の変動と安定化手数料の調整によって、DAIの価格の調整・安定化が行われています。

また今後、ETH以外の暗号通貨をCDPの担保にできるMulti Collateral Dai(MCD)にアップデートされることで、また新しいインセンティブが生まれると考えられます。

キーパーとは?

またMakerDAOプロトコルの特徴としては、CDPを管理するタスクを行うキーパーと呼ばれる分散型のアクター(ボット)の存在により、システムの維持・安定化を行なっていることも挙げられます。

このキーパーですが、pymakerというMakerDAOのEthereumスマートコントラクトとやり取りするためのPythonのAPIを利用して実装されています。現在(2019年3月)のSingle Collateral Dai(SCD)を採用したMakerDAOにおける代表的なキーパーは以下の2つです。

Bite Keeper

安全担保率を下回ったCDPを清算する役割のキーパー。

biteのフロー

https://developer.makerdao.com/dai/1/api/bite

MakerDAOコントラクトの中ではbiteのような独特のネーミングがされているのですが、このbiteを実行することにより、清算対象のCDPにロックされた担保の100%+ペナルティ13%の合計113%のPETHがfog(清算保留額)に入れられます。またCDPで発行されたDAIがwoe(不良債権額)に入れられます。このfogとwoeで構成されるのがTapと呼ばれる清算データとなります。

Arbitrage Keeper

CDP作成時にETHが担保されたタイミング(Join)、CDPクローズ時にETHが出金されたタイミング(Exit)、余剰債務を処理するタイミング(Boom)、不良債権を処理するタイミング(Bust)にアービトラージを行う役割のキーパー。

join/exitのフロー

https://developer.makerdao.com/dai/1/api/join

CDP作成・クローズ時に、WETH⇆PETHの取引を行います。

boomのフロー

https://developer.makerdao.com/dai/1/api/boom

boomはwoe(不良債権額)に余剰のDAIが存在した場合にそれを購入(DAI/PETH)する処理です。

bustのフロー

https://developer.makerdao.com/dai/1/api/bust

bustはfog(清算保留額)にあるPETHを購入(DAI/PETH)する処理です。

これらの処理を見ていくと、外部のBite Keeper、Arbitrage Keeperの行動がCDPのライフサイクルに大きく関わっていて、DAIの安定にも貢献していることがわかります。

また現在(2019年3月)のSingle Collateral Dai(SCD)から、ETH以外の暗号通貨をCDPの担保にできるMulti Collateral Dai(MCD)にアップデートされたら、Auction Keeperというキーパーも動作するようになるということです。

キーパーのインセンティブは何か?

2019年3月現在、キーパーにとっては、Boom/Bustのタイミングで3%割引された価格で取引できることがインセンティブとなっています(おそらくBite Keeperだけを行う人はあまりいないのかと思います)。

Bite KeeperとArbitrage Keeperの関係

このディスカウントレートについては、清算処理を扱うTapコントラクトにgap(Boom-Bust Spread)という値で設定されています。

まとめ

MakerDAOでは、CDPの発行・クローズに関わるCDP保有者、及びアービトラージを行う外部のキーパーの私利的な行動がシステムの安定に貢献するインセンティブメカニズムが設計されています。

Ethereumのような分散ネットワークを利用した分散型システムにおけるトークンのデザインにおいては、トークンエコシステムの各参加者に対するインセンティブ、ビジネスモデル、ネットワーク効果について正しく理解し設計していく必要があります。そこで必要となる知識は暗号通貨、ブロックチェーンに関する技術知識に加え、行動経済学、ゲーム理論、メカニズムデザイン、マーケットデザイン、オークション理論などの経済学、金融商品・ファイナンスに関わる知識など多岐に渡ります。そして、インセンティブメカニズムを正しく設計することが、システムを安全に維持しながら、トークンエコシステムが健全に成長するようなプロトコルの設計につながります。その意味で、現在成長を続けているMakerDAOのプロトコルは、今後の分散型システムのプロトコルデザインにおいて参考にされていく優れたデザインであるといえます。

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