勝てない競争は辛いけど、競争しないのもつまらないから、勝てそうな競争をしよう

omo-san
omo-san
Jul 22, 2017 · 2 min read

(『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』を読んで)

今までいっぱい負けてきた。そしてそれを見ないようにしてきた。
思春期の頃の競争は、異性にモテる、友達の中の地位、部活、勉強いろいろある。本当は全部勝ちたかった。でも、勝てなかった。
だから、自分が得意で、”将来価値"が一番高そうな学力にフォーカスした。
結果いいといわれる大学に入ったけど、心の奥には負けたことにコンプレックスがあった。

社会に出ると競争のメインルールはお金に変わり、競争はシンプルになった。(自分の中で)
世間と比べて高い報酬を得ていると安心した。ただ、報酬には際限がなくて上と比べると辟易した。

競争はすきだった、というか勝てることが好きだった。
でも、今まで競争していたのは同世代だった。その競争が、日本人みんな、世界の人みんな、今まで生きてきた人みんなになったとたんに、なんだが勝利に対する現実味を失った。
僕は孫正義に、ザッカーバーグに、豊臣秀吉に勝てるのだろうか?
いや、、勝てない。。(反語)
というか、競争しようとすること自体が、現実とのギャップがありすぎて心が痛い。

勝てない競争はつまらない。
「もっと上を、もっとより良く」経済的な競争は究極的に自分を幸福にしそうにない。

競争を突き詰めたらだめだ。
でも、一方で、競争をやめた時の幸福をしらない。
(現状維持しながら毎日漫画とゲームをしまくって見たけど”幸せ”は感じなかった)

今までなにかに(何かはわからないけど)負けたくないからがむしゃらにやってきた。
その過程は楽しかった。
競争が好き、でも勝てない競争は辛い、嫌い。

つまりは勝てそうな競争をしている時が一番幸せ。何と競争するか?どんな競争を設計するか?これが幸せの道か

勝てなそうだなーと思ってるうちはそれを競争だと思わなければいいのか。趣味だ。

ガクンと頭上げて上ばっかみてんじゃねえよ!首が痛えだろうが。
斜め45度くらいを見ながら進むのが楽しい、という話