リアリティのある近未来を描くために――ミシェル・ウエルベック『服従』を読んで

■ Profile

まなべ(@kou_manabe): この読書会の主催。好きな作家は村上春樹と村上龍。ビリヤードにはまってる。

ワニカワ(No Twitter):東南アジアに憧れるマイルドジャンキー。ヒップホップが好きだけど、乃木坂46も好き。

イノウエ(@ry_i): フランスとブルキナファソ(西アフリカ)に二年くらい留学していました。阪神タイガースと錦織圭さんファン。

ごっさん(@Chicken_Geek沖縄出身だけど全然沖縄の人に見えない。専攻は経済学とジャーナリズム。好きな作家は太宰治。麻雀が好き。

読書会をはじめた!

まなべ ぼくはこの読書会の主催者ポジなので、開催意図と目的を長くなるけどいちおう話しておこうと思います。

ぼくらは高校時代からの友達づきあいを延長させただけのゆるい集まりで、バンドをやったり、パーティの企画をしたりしながら、一緒に住んでいるシェアハウスでよく遊んでいます。で、その一環として「もっと友達を増やしたい」という不純な動機のもと、同年代でいろいろなことの議論をする内輪な会をやろうということになって(笑)、それで作ったのがこの読書会の前身にあたる「(19歳の)/(20歳の)井戸端会議」というサークルだった。

まあ、内容としては名前の通り20歳の友達同士で集まって単にワイワイ話をしていただけだったんだけど(笑)。ただたとえば参加者の多くが数年後に就活を控えていたときに、出版されたばかりの朝井リョウの『何者』を取り上げた回とかは、けっこう盛り上がったりして楽しかった。

でもけっきょく「20歳の井戸端会議」は、人が増えすぎてわけわかんなくなってしまったのと、なによりみんな21歳になったという理由とかで(笑)、雲散霧消してしまった。なのでまあそれを22歳になったいま、復活させようというのがこの読書会で、またみんなに集まってもらったという感じです。

まあ……本音を言うと、定期的な読書会でもしないともうほんっとうに本を読まなくなってきたしみんなもそうだろうから、読書会という名目をみんなで利用しあっていきたいなー、と。

ワニカワ うん。実際、こういう機会がないと『服従』は読まなかったもの。

まなべ そうそう。そんでもって、いちおうサークルとして活動報告をしないとすぐに解散の危機がせまるという前回の反省があったので(笑)、なのでこうして録音して、内輪向けにほそぼそとしたレポートをしていこうと。どうなるかわからないけれど、とりあえずやってみよう! という感じです。

フランスでの『服従』出版の背景

(以下、『服従』についてのネタバレをめっちゃしてます!)

まなべ そんなわけで本題に入っていきたいと思います。

最初の課題本を何にしようかなと思った時に、たまたま家の床に落ちていた『地図と領土』と『素粒子』がなんとなく目に入ったんだよね。そんでパラパラめくってみたらけっこう面白かった。で、「その作者が今度新作を出すらしいよ、そしてなんかイスラム教を扱っているらしいよ」という噂を聞いて、時事的にもいいなと思って『服従』にした。フランスに留学に行っていた井上も帰ってきたことだしね。

フランス語のタイトルは『Soumission』

ワニカワ あ、その床に落ちてたのって、俺が井上から借りてたやつだ……。

イノウエ 地元の図書館から再三の返却催促が来ているので早く返してほしい。

まなべ ごっさんは読書会が決まる前から『服従』を読んでいたみたいだけど、なんで読んだの?

ごっさん ウエルベックは『ある島の可能性』を読んでいてすごく面白いかったのと、個人的にすごくシャルリー・エブド襲撃事件が衝撃的だったのもあって、発売の報せを聞いて「読むしかない!」と思って読んだ。でも、ぜんぜん書かれていることに実感が湧かないというか一本の映画を観たような感覚があって、これが現実に近いフィクションなのか、それとも本当に絵空事なのかというのが今日は聞きたくなって来た。

まなべ イノウエにね。

ワニカワ いのウエルベックに?

イノウエ ぜんぜんうまくねえけどな(笑)。

まなべ いのウエルベックはどれくらい本家ウエルベックを読んでるんだっけ?

いのウエルベック ええと、さっきあがった『地図と領土』『素粒子』だけだね。今回の『服従』はブルキナファソ留学から帰国する道中に、フランスでぶらぶらしていた3月ごろに買って読んだ。

まなべ え、じゃあフランス語で読んだってこと……?

イノウエ そうそう。

ごっさん ざっくり聞きたいのだけど、この本ってフランスではどんな位置づけだったの?

イノウエ そうだな。改めて出版の背景を説明すると、この小説は今年の1月7日にフランスで出版されたんだけど、これがちょうどあのシャルリー・エブド襲撃テロ事件が起きた日だった。その上、まさにその日に発売された週刊『シャルリー・エブド』の表紙がウエルベックの諷刺画で、その『服従』の内容もまた「2022年にイスラム政権が樹立される」というもので…とおそろしいまでの偶然が重なって、あらゆる意味で、この本の出版そのものがひとつのフランスにおける記念碑的な事件という位置付けになっている。

シャルリー・エブド襲撃事件の日に発売されたシャルリー・エブド最新号。「魔術師ウェルベックの予言」「2015年には私の歯はぜんぶ抜ける」「2022年にはラマダンをやります」

ごっさん それで、国民の反応はどうだったの?

イノウエ まずものすごく売れた。発売から2ヶ月経ってたけど、本屋に行ったら『火花』並みに平積みされてたよ。

一同 (笑)。

ワニカワ いま調べたら、発売2週間で25万部売れているんだけど、フランスの人口は6500万人くらいだから、日本でいうと約50万部くらいがすぐに売れたという感じだね。

ごっさん でも日本における文学とフランスにおける文学って、位置付けがぜんぜん違うような気がするんだけど、そこんところはどうかな。日本だといまやもの好きの趣味みたいなところがあるけど、フランスはもっと文化として根付いているというか……。

イノウエ そうね、たとえばいま日本では実学主義志向で公立大学の文系を潰そうなんて話がありますが、こういうのってフランスからはなかなか出てこないと思う。やっぱりいまの彼らの社会を築いてきたのは、哲学なり文学なり芸術だっていう矜持があるからね。ただまあ実情としては、もちろんフランスでも活字離れは深刻だったりするけども。

ごっさん そんな中で、ウエルベックってフランス国内ではどういう立ち位置なの? まさか又吉と同じわけではないだろうとは思うけれど。

イノウエ ぼくはウエルベックで『地図と領土』が一番面白いと思っているんだけれど、『地図と領土』では――ネタバレになってしまうんだけど、Amazonの紹介文にも書いてあるから許してほしい――小説のなかにウエルベックが作家の本人役として登場して、途中で惨殺されてしまうんだけど(笑)、彼に「私はフランス社会から嫌われていて」云々ということを語らせている。これは少なからず実際の立ち位置とも近しいところはあると思う。

ミシェル・ウエルベック『地図と領土』(野崎歓訳)

ワニカワ へえー。

イノウエ それでも凋落ぎみの現代フランス文学のなかでは、もっとも名前が売れているといって間違いはないんじゃないかな。ただ、みんなが尊敬している大作家というよりかは、「スキャンダラスな作家」という感覚の方が近いのかな。新刊が発売されるたびに、マスコミの話題をさらっている。

ウェルベックって別に文章がとりわけうまいっていうわけでも、詩的なセンスがあるというわけでもないじゃない? そういう意味では、文章の技巧を極めんとするフランス文学の作家たちと比べると見劣りするし、とりわけアカデミズムにはまだきちんと認められていないと思う。

そういうことも含めて、今回の事件は「ウエルベックらしい」といっていいかもしれない。発売直後は警察に24時間匿われるということにまでになっているわけだからね(笑)。

まなべ ちなみに、井上自身はウエルベックについてどう思ってるの?

イノウエ かなり好きだよ。彼はすごくシニカルで、自意識過剰で、厭世的なのだけども、それでもぼくのウエルベックの好きなところは、それでも社会を理解しようとする情熱を失っていないというところなんだよね。たとえば『服従』も、時事ニュースをきちんと追っていないと絶対に書けない小説じゃん。

ワニカワ そうだよね。ニュースコメンテーターとか政治家とかの、実際の人物がめちゃくちゃでてくるし。『素粒子』でもそうだったけれど。

イノウエ 政治に限らず、たぶん普段から社会や世界に興味を持ちつづけ、知ろうとすべきだという、責任感のようなものを持っているのだと思う。『地図と領土』とかは簡単にいえば資本主義の話なんだけれど、いまのビジネス界隈の事情にかなり目配せをしているし、『素粒子』も科学に造詣がないと書けない小説。まあ、ひとことで言うとすげえインテリなんだよね。

ごっさん 『服従』での「2022年にフランスにイスラム政権が樹立する」というストーリーの運びも、リアリティがあってうまかったよね。

イノウエ そうそう。次に予定されている2017年の大統領選ではなくて、2022年という時代設定に説得力がある。『服従』の中では、2017年で極右の国民戦線が第一党をとるじゃないですか。で、それが5年後、イスラムの穏健派と左翼がくっついて第一党になる。そういった二極化は現実のフランスでいまも進行している。

いまのフランスの政治状況には、たとえば国民戦線に筆頭される「移民はみんな追い出して共和国を守れ」というレイシズムが見え隠れする右翼と、左翼的なリベラリズムの対立が強烈にある。実際、ぼくがフランスにいたときにあった2014年5月のヨーロッパ議会選挙では、25%くらいの得票率で、はじめて国民戦線が第一党として選出された。これまで主流であった左翼が負け、「移民を追いだせ」と言っている極右が勝っちゃんたんだよ。すごく衝撃的だった。

まなべ そうなんだ……。

イノウエ で、本文中にも言及があったけれど、国民戦線のマリーヌ・ルペンさんという今の女党首がめちゃくちゃ頭のいい人なんだよね。彼女の話を聞いていたら、「たしかに」と思わず唸ってしまうようなところもあるし、政治家としても非常にすぐれている。

フランス国民戦線の党首・マリーヌ・ルペン

で、その延長にある『服従』でも、ベン・アバスさんというめちゃめちゃできるやつがでてきて、うまくイスラム過激派にも与せず、自らの政治家としてのステップアップを着実とこなしながら打算的に政治をやってる。ちょっと強引だなあというところももちろんあったけれど、政治の変動の流れには説得力とリアリティはある。

実際に「ヨーロッパでいつかまた市民戦争が起きる」というのはフランスではけっこう前からまことしやかに囁かれ続けているんだよね。『服従』で展開されたような宗教対立もそうだし、「限りある資源をめぐってフランスとドイツが経済戦争が勃発するのでは」なんてことを言っている人もいる。実際に起こる可能性はともかくとしても、フランスは少なくともそういったことが大いに想定されうる状況にあるということは確かではある。このフランスの右傾化をいまの安倍政権に照らし合わせて考えてみると……という話は別の機会にしようか。すこし話しすぎた(笑)。

『服従』全体におよぶ想像力

まなべ これまでの話をまとめると、『服従』という作品は、かなり説得力のあるポリティカル・フィクションを描いているということだよね。

超ざっくり政治的なあらすじをまとめると、2022年、極右はEUと手を切るとかいってて、経済的に未来がない。そんでもちろんイスラム過激派も過激すぎて支持できない。そんな中で、イスラム穏健派はEU全体を視野にいれてるし石油あるしで未来がありそうだから、社会党と保守党が連立すれば政権をとれるじゃん……という感じでイスラム政権に転覆していく様を描いている。

で、これは政治的な転覆なわけだけど、俺がこの作品で面白いと思ったのは、いわゆる個人的(性的)な転覆と歴史的な転覆も同時に描いているところなんだよね。

ごっさん というと?

まなべ たとえばこの話の冒頭って主人公・フランソワが「ユイスマンスに傾倒していた青春時代が懐かしい」って話をするところからはじまっているよね。ユイスマンスというのはフランスの文学者だけれど、この「ユイスマンス(文学)に傾倒していた青春時代」って主人公の歴史であると同時に、ヨーロッパの歴史ことだよね。つまり「ちょっと前までのヨーロッパの青春時代は文学が栄えていたけれどもう違うよねー」と、ヨーロッパ=文学の死を宣言している。いずれにせよ「主人公の実存」と「ヨーロッパの精神史」という、小さいものと大きいものが、ポリティカル・フィクションを介して繋がっているというところがこの作品の最も面白いところだと思う。

恋愛や性的なモチーフをひとつとってもその構造はうまくできてるよね。まず、青春時代が終わって、主人公フランソワは明らかに性欲の減退期に入っている。で、最初はピュアネスラブをしてた元カノ・ミニアムに再アタックしようとするんだけれど、彼女は最終的にはイスラム的な家族共同体の方を選んでイスラエルにいってしまう。で、それは同時にフランスでのロマンチック・ラブ幻想の崩壊みたいなものと重なっている。そしてそのオルタナティブとして、イスラムの「一夫多妻制OK」制度がすんなりと受け入れられていくという。主人公が、生……というか性を取り戻すきっかけが3Pへの目覚めというのも、3P=一夫多妻という比喩だしね(笑)。

イノウエ 冒頭で、かつてユイスマンスについての博士論文を提出した研究時代は、フランソワにとって人生最良の時期だったと語られているじゃん。それを「社会的な絶頂」とすると、「動物的な絶頂」はミリアムと付き合っていたときだと言えるかもしれない。この小説は、みずからの人生を正当化するために不可欠なこの2つの要素を、社会の外郭が変動してゆくなかで徐々に失ってゆき、そして最終的には社会的にも動物的にもイスラム教へと「服従する」――という流れだよね。

ワニカワ さっき言ってた3Pの話もそうだけど、フランソワは仕事ももらえるかわりにイスラム教徒になるわけだからね。そういう実際的な問題があるのも面白い。

まなべ そうだよね。

ワニカワ その改宗の前に、ユイスマンスの改宗を追体験する修道院を訪ねる旅があったじゃん。あの修道院の生活の中で、禁欲的な生活に染まりきっちゃう魅力も十分に感じながら、そうじゃない欲望も捨てきれない様子が描かれている。その修道院で昔ユイスマンスはこっそりタバコとか吸ってて、主人公フランソワはそういうユイスマンスに魅力を感じていたんだけれど、いま同じ部屋にいくと時代は進んでいて、火災報知機のせいでタバコが吸えなくなっている。その、ユイスマンスの時代との違いに苦悩するシーンがあるじゃん。俺あそこが一番好きでさ、あの妙なロマンチシズムみたいなものがすごくいい。

イノウエ ニーチェ的な一瞬一瞬の生に対する肯定みたいなね。

まなべ つまりあの修道院はイスラム過激派のメタファーだってことだよね。あの「タバコ吸えないなら過激派ムリだわ」があってこそ、穏健派によるまじで穏健なイスラム政権が消極的に選択される。

ワニカワ 穏健派は本当に穏健だよね。「イスラム教徒なのに出会い系サイトも飲酒もOKなのかよ!」ってめっちゃ思った(笑)。

タイトルの「服従」と『O嬢の物語』

ごっさん ところで、この『服従』というタイトルって適切なのかな? 「Soumission」って、フランス語だと「屈服」「降伏」「申し込み」「提出」……とかいろいろな意味があって、「なにかを差し出す」というイメージだよね。この邦題の『服従』って、内容的にふさわしいのかなーと、ふと思ったんだけど。

イノウエ フランス語の感覚からすると、「抑圧」とかでもいい。

まなべ 俺は『服従』はいいタイトルだと思うな。この本の中で一番最初に「服従」という言葉が出てくるのが『O嬢の物語』内のとある言葉でさ、なんだっけ……。

(家の本棚から『O嬢の物語』を探す)

まなべ あったあった。ここ。「服従というのは人間における最大の幸福である」。『服従』の中で主人公がこの言葉を言われるじゃない? この『O嬢の物語』は官能小説としては名著で、女性を性奴隷にしてヤりまくるという話なんだよね。で、女性を服従させるという個人的で性的なイメージと、人間が神に服従していくという歴史的で宗教的なイメージが物語的にパラレルに配されているのがこの『服従』の重要なポイントだと思うから、それも含めると「服従」という言葉はむしろいいチョイスなんじゃないかな。

ポーリーヌ・レアージュ『O嬢の物語』(澁澤龍彦訳)

個人的には、そういったSM的な快楽も含めたであろうその言葉、「服従というのは人間における最大の幸福である」にはけっこう考えされられるものがあったなあ。ウエルベックはその核心には直接触れないようにしているけれど、最後の一行でこう触れるわけだよね。「後悔はしていない」って。あの一行で、いままで話してきたことが全部語れると思うんだよ。つまりこの転覆劇のすべては色んな意味で、「後悔はしていない」という消極的な決断を説得力を持って描いているにすぎないわけだ。

イノウエ そうね。この44歳の主人公フランソワは、段々と体の衰えを感じてくるんだけれど、そのなかでもファルスとしてのペニスは、物語の最後までしぶとく残っていく。中年男性における身体能力の低下と、それに釣り合わない形で残ってゆく性欲というのは、ウエルベックの他の作品でも登場するし、重要なモチーフなんじゃないかなという気がする。『素粒子』とか特に分かりやすいけど、社会的には成功を収めつつも、生物的に下降線を辿り始める中年という時期に、男性的な性欲自体が強く残っているということが物語の駆動力になっているというか。

ワニカワ そうだね。『素粒子』のすっごくモテないブリュノ君とか、めっちゃくちゃ性欲強いものね(笑)。セックスツーリズムを題材にした『プラットフォーム』とかも、たぶんそういう話なのかな。

ミシェル・ウエルベック『素粒子』(野崎歓訳)

“フランス婚”は限界か

まなべ フランス的な個人主義に対する、懐疑の解消先としての、「イスラムの家族共同体サイコー」みたいなのがしきりに語られるじゃないですか。物語的にも、主人公フランソワはまず元カノを失って、もともと疎遠な家族も死んで、孤独を経て3Pと一夫多妻にたどり着いている。

それに俺は強烈な違和感を感じるんだよね。というのも個人主義に対して、そもそもそこまで懐疑をもつ段階に至ってない。だから、フランスのなかで個人主義に対する懐疑と、その先にある宗教回帰というものにどれくらいのリアリティがあるのかがすごく気になったな……まあ、こればっかりはフランス人に聞いてみないとわからないけれど。

ごっさん 背景知識として、フランスではPACSという事実婚制度が導入されているよね。いちおう説明すると、PACSは日本のような婚姻届を出して煩雑な手続きを踏んで……といった結婚制度とはべつに、もっとゆるく結婚できる事実婚制度のこと。フランスもかつてのようなピュアロマンスってより、ゆるく一緒に居て子どもを育てて…って社会に変わってるって指摘できるのかもね。ちなみにPACSの導入によってフランスは先進国にしては珍しく出生率が回復したよ。

イノウエ ぼくがこの本で特に好きで、すごく象徴的な箇所があって。主人公フランソワが、ユイスマンスの生きた時代を振り返るシーンがあったじゃないですか。かつての家族的共同体は奥さんがずっと家にいて、食事を何時間もかけて準備してそれを同じテーブルを囲んでみんなで食べる。そういう時間があったからこそかつての家族的共同体は成り立っていた。けれど現代においてそんな家事だけをやっている奥さんなんてどこにもいないじゃないか……みたいなところ。

で、主人公フランソワの食生活って、スーパーで買ったご飯をレンジで温めたり、寿司のデリバリーを頼んだり、たまに外食したりということしか本当に描写されていないんだよね。およそ美味しそうに飯を食っているという箇所がない。フランソワの時代と比較して現代に絶望してしまう彼の気持ちは確かによくわかる。彼の食事の仕方ひとつとっても、社会との接合点を失う貧しさが妙にリアルで、個人主義の極化の末に他の人と共有する時間が失われてゆく、特にそれを食事という切り口で描いているのはけっこう興味深いなと思った。

マイルドヤンキーと孤独

ごっさん そのへんを読んでたときは、ちょっと筋違いかもしれないけど、いま日本でよく言われるマイルドヤンキーのことを思い出したんだよね(笑)。都会で生きる若者は孤独に生きているけれど、対照的に、地元で生きる若者は楽しく仲間とつるんで幸せだぜ、みたいな議論。そういうふうに曲解したら、主人公フランソワはすごく自分と重なったし、地元で楽しくやってる友だちは楽しそうだよなあと。

イノウエ でもさ、ごっさんもウェルベック自身もおそらくそうだと思うんだけど、「あそこにはもう戻れない」っていう感覚があると思うんだよね。『服従』の主人公のような都会に生きるインテリは、マイルドヤンキー的な紐帯にはもう馴染めないと思うんだよ。それじゃあ、いまわたしが感じているこの孤独はどうすればいいのか? その孤独にぶち当たった結果、フランソワは、出会い系サイトで女の子を漁って性欲を満たしたりだとか、文学に答えを求めたりだとか、いけすかない同僚たちと暇つぶしに会って話したりする。その意味で、『服従』は孤独をどう紛らわすかという試行錯誤の物語でもあるわけだよね。

ワニカワ そこで面白いというか、うまく機能しているなと思うのは、主人公が年金だけを受け取って生きていけるという設定。その設定のおかげで、まったくのゼロのところから、彼はユイスマンスの全集を執筆するという情熱を見出していくわけだよね。この切り口は孤独でも、何もしなくても生きていける状況で、人間がそこに何を見出していくかということを考えさせる興味深い状況語りだったと思う。

イノウエ それでいうとぼくが個人的に思うのは、やっぱり主人公のフランソワは、死者の魂が唯一の友人であることに最終的に耐えきれなくなったのだと思うんですよ。だからこそ改宗というところに至った。というのは、冒頭に、数ある芸術のなかにおける文学の優位性について言及しているところがあったじゃない。引用します。

(他の芸術の例を引き合いに出しながら)ただ文学だけが、他の人間の魂と触れ合えたという感覚を与えてくれるのだ。その魂のすべて、その弱さと栄光、その限界、矮小さ、固定観念や信念。魂が感動し、感動を抱き、興奮しまたは嫌悪を催したすべてのものとともに。文学だけが死者の魂ともっとも完全な、直接的でかつ深淵なコンタクトを許してくれる。

1世紀以上経ったあとでも、小説を通じてフランソワ=ウエルベックは、ユイスマンスという死者の魂と密に触れ合うことができた。だからこそ、この時代が最良であったと述懐している。それで、物語の後半で、年金をもらって隠居して執筆に勤しむのって、ある意味ではその青春時代の再現なわけだよね。でも結論から言うと、中年に差し掛かった彼にとってもはやそれでは十分ではなかった。社会の外皮がどんどん変質してゆくなかで、いまの社会からますます疎遠になってゆく自分がいた。いま生きている魂、血の通っている人たち、セックスの出来る女たちをどこかで求めてしまわざるをえなかった。つまりはユイスマンスという死者だけが友人である世界に耐えきれなくなり、イスラム教徒に改宗することに決めた。

まなべ まあ、大半の人間は年金だけでは生きていけないから、職なりなんなりについて、何かしらのコミュニティに属したりする必要があるわけで、つまり絶対孤独ってのは無理だよね。

イノウエ そこにウエルベックの思想があると思うな。一番最初に言っていたことにつながっていて、やっぱり彼は完全なニヒリストではないと思うんだよね。『地図と領土』でも「私は徐々に社会との紐帯を失いつつあるんです」みたいなことを言いつつも、どこかでつながることを求めようとしている。だからニュースも毎日見てるし、いろんなことに興味を持って、好奇心を抱いて、小説を書くという行為を通じて、世界をことばで説明しようとしている。ウエルベックのそういう点にはすごく共感する。シニカルだけど、リアリティの方をこそ信じているというか。

まなべ まあここいらで作品に対する否定的な意見を出していってもいいけれど、とりあえずここまででいったん終わりましょう(笑)。

ごっさん そうだね(笑)。

イノウエ 尻窄み感。

まなべ それにしてもこうしてフィクションに触発されるかたちで、現実の政治的なものについての見え方が豊かになっていくのは、今日話をしながらすげー面白いと思った。まあ素人の集まりで、感想以上書評未満みたいな内容だった気がするけれど、これくらいが楽しいし参加しやすいね。月に一回のペースでいろんな本をテーマにしてこれからもやっていこうと思いました。いちおう次回は11月11日の夜19時あたりに、カズオ・イシグロの『忘れられた巨人』でやる予定なので、興味もった人がいたら気軽に連絡をください! (22歳の)と表記はありますが、べつに22歳ではなくても構いません(笑)。お疲れ様でした。

一同 お疲れ様〜!

(2015.10.04 むちゃむちゃワンコハウスにて)