シリコンバレーでのインターンを経て

*帰国後すぐにステータスを”Publish”にしようと思ったのですが、あまりにも得れた事が大きく咀嚼出来ないまま、日本との違いに面食らってしまいました。そしてもう一つ、滞在中の3ヶ月の事をいくら言葉にしても、言葉の限界を感じ、そのもどかしさにいっそ、言葉にしてしまわない方がいいのかもしれない、とも思い、踏ん切りを付けれずにいました。
そんな中でオススメされた本、「シッダルダ」に書いていた「経験こそ、人生で得られる全てだ」という言葉はまさにその事を言い表していると納得させられました。
ですが、体験を経験に変えたいので今一度振り返りたいと思います。そして、もしかしたらシリコンバレーに行くかもしれない、という学生の少しでも参考になればと思い、公開する事にしました。

**現地滞在期間は、2015年9月~12月です。文章に時間差がある事をご了承ください。


パッキングもひと段落終える事が出来たので、この2015年9月〜12月の3ヶ月振り返りをしたいと思います。
何年後かにこの記事を発見し、「ああ、こんな感情を抱いていたな」とタイムマシーンに乗ったような経験が出来る事を期待し、初心を取り戻したい時に確認したいです。

この3ヶ月で、「私はまだ何も出来無いんだな」という事を最も強く感じました。その分、猛烈にパワーが欲しいです。私には無い、素敵な魅力を持っている方々を魅了し、巻き込む力が欲しいです。


さて、今この3ヶ月のまとめとしてポジティブに「自分の創りたい未来を形にする為に、自分の出来る事を増やしたい」と思えるようになりました。

その一番最初の出来事が、自分の許容値が振り切れました。
というのも、女性の起業家を調べたり、アメリカという市場から日本の事を知ったり、郊外の金持ちエリアであるMenlo Parkに滞在する事で、白人男性が今の社会の基盤を作ってきたという現実に絶望したくなったりしました。

こちらで活躍していらっしゃる日本人の方からは声を揃えて「日本だけを見て生活をするな」というメッセージを頂戴します。その言葉は、逆に、日本の事を考えるきっかけを与えてくださりました。
「日本人は英語が喋れ無い」それがビジネスチャンスを失っていることを目の前でボスがチャッティングしていた時は、😱となりました。そして同時に、「今の日本の現状、そうだよな。」というある種の諦めに近いものを感じもしました。

また、11月13日の金曜日にFacebookに訪れました。その日は、私にとって生涯忘れることはないでしょう。
キャンパスのメインエントランスにある、大きなスクリーンには、その時のFacebookのハッシュタグのトレンドが流れる仕組みになっているのですが、そこには”#Paris”, ”#Pray4Paris” ,“#ParisAttacks”と世界中の願いで溢れていました。

その翌日、Facebookはアイコンをフランスの国旗で覆える仕様をローンチしました。私が訪れた時間に働いていた人たちがこれを作ったのかと思うと、ただただその仕事の早さ、意思決定が進むスピードに驚かされました。

それから数日後です、「アイコンを変えた人」を非難する人、その「非難する人」を非難する人の記事がネット上で散乱しました。
だけどももう既にその事実は「過去の事」となっているのでしょう。

多くの日本人にとって、このテロの事件は「他人事」で「傍観者」の立場にあるんだなと改めて感じさせられました。私にとって、世界中多くの国がある中でも、フランスという国はとても身近にあり、フランス=パリだと思っている節があります。そんな中で、フランスでテロが勃発したとなると、そこにいる人が心配でたまりませんし、「私がいる場所でもあるんじゃないか」という恐怖も沸き起こります。「もし自分、家族、友達がテロに合ったら?」と考えると、誰かを批判する気には到底なれません。

確かに、日本は安全で平和な国です。安全と平和にお金を掛けなければいけない国もある中で、そこが無料同然な所も凄いところだと思いますし、それが安心感を生み出しているように感じます。(*帰国後に夜行バスの事件が起きたので、安全が無料なのは違いますね。)


というのも、アメリカですぐ目の前に広がっている貧富の差には、どうしても慣れずに帰国しました。「アメリカは貧富の差が激しい」という話はよく聞きますが、こんなにも凄まじいとは想像出来ていませんでした。

Menlo Parkはほぼ白人の街で、どのカフェにも財を成した人たちが優雅にお喋りを楽しんでいる姿から醸し出される余裕と、黒人やヒスパニックの人に出会うタイミングは巨大スタートアップに雇われている人たちというに、空虚さを感じました。

そのように感傷的になりながらも、「ここに帰ってくるだけの力が欲しい」と思えるようになりました。

日本に帰国して思うのは、私が変化したとしても、周りが変わるわけじゃない。周りを変えたいと思う程のエネルギーを使うよりも、私自身に合う、地球上のどこかに住んだらいいやん、って思うようになりました。


”If you like the place, the place likes you.”と、出逢った人に教えてもらった言葉があります。とても素敵な言葉。西海岸は、天気が良くて、人が寛大でした。雨季もありますが、「晴れている」それだけでハッピーになります。目の前で繰り広げられる世界から私というフィルターを通して見えてくる現実は、ただ「楽しかった」です。


私みたいな能天気は「ハッピー」という感情で帰国出来たのですが、どうやらそうでは無い人もいるようで。
不動産の高騰の話と同じぐらい、ビザの話はしました。アメリカ籍を持っていない国の人共通の課題です。


私はシリコンバレーでインターンした事を後悔はしていませんし、このタイミングで行けた事によかったと思っています。もしかしたら、2016年の9月はスタートアップバブルが崩壊し、全く違う雰囲気かもしれません。

「シリコンバレーでの経験」は、既に様々な経験のある人であれば、そこで学べる事を実際に行かなくても、経験しなくてもある程度想像することが可能かもしれません。ですが、無知で無鉄砲な学生にとっては想像し難しく、そこで得られた事は、既にそれを幾度も経験していらっしゃる方には説明し難い、新鮮で衝撃的な事実がある事でした。気づけるきっかけがある、それ自体に気づかずに見落としたまま生きる事になったかもしれません。

ドイツ、インド、中国、韓国、スウェーデン、メキシコ…etc.異なるバックグラウンドを抱えた人たちが集まるHackerHouse(シェアハウスの事)での経験や、仕事の進め方、「キャリアと子育ての両立」はどこの国でもホットトピックなんだな、と気づいたり、アクセラレートに参加された方々がたった2週間で変貌する姿とそのパワーに私も涙が出たり。全てが新鮮で、鮮やかで。

生きる為にご飯で栄養素を補給するように、まだ未知の領域の経験は、自身の人生のパワーになり、何に興味があるのかに気が付くきっかけで、「興味のある事にトライしてみる」という経験は意味があった事だと思います。


自分自身のパワースポットの判断基準があやふやな人にとって「ITの聖地」であるシリコンバレーに足を運んでみる事と、表現する事を学ぶ為にL.A.やN.Y.、ロンドンに行ってみる事と同列の出来事で、私にとってはたまたまそこが、シリコンバレーというだけの話でした。

「シリコンバレー」がブームだから、その場所が注目されやすいだけのお話だと捉えています。その事象だけを切り取って評価するのでは無く、その前後に付随する感情や現象にも、思いを馳せてみてくだい。


日本は、雲のような存在の「正解である生き方」を手に入れようと必死になります。
しかし、シリコンバレーでは、「自分の探求したい事」が存在し、それを突き詰めていく事に全力を注ぎます。「そもそも違うのが当たり前」というスタンスのアメリカだからこそですね。

それは教育の違いから生まれるのだと思います。シリコンバレーでは常々 “Who are you and what are you doing?”を問いかけられながら生活します。
その答えが面白い方が、人生面白いよね。この問い掛けの根底にあるその思想こそが、シリコンバレー。そのおかげで、人生を楽しむ為に「お金」という基準以外にも必要な事があると、身をもって教えていただきました。


先日、「日本の『好きなことやれないサイクル』はヤバい」という記事が公開されたのは、記憶に新しいと思います。

その、根本的な原因はそこにあると思います。

「何に気付き、それにどう取り組むか。その差が結果となって表れる」という言葉をインターン先のCEOであるAriさんからいただいたのですが、本当にその通りですね。これからも大切にしたいです。

それが顕著に表れているなと感じた場所は、Blue Bottle Coffeeです。
Palo AltoのBlue Bottle Coffeeは、そもそもスタートアップのオフィスが提供されていますし、パソコンを広げている人がそこここにいます。(サンフランシスコのカフェにいった際は、半分ぐらいの人がパソコンに向き合い、もくもくと作業をする人がいる光景が広がっています)

しかし、南青山のBlue Bottle Coffeeは無料Wifiもありませんし、場所柄かオシャレとお喋りが好きそうな人たちと観光客が大勢おり、パソコンを前に集中するには向いていません。


人生で一番考えて行動した3ヶ月+3ヶ月だったので言いたい事が全然尽きず、長々となりましたが、お付合いいただきありがとうございました。

インターン先を始めシリコンバレーでお世話になった方々には本当に感謝しています。ありがとうございました。また帰りたいと思っています。その際は、また色々とお世話になると思いますが、よろしくお願い申し上げます。


これを書いた後も、ず〜〜〜っと、公開するのを躊躇っていました。「シリコンバレー」については、分析上手な大人の方が、綺麗に纏めてくださっていて、それにも関わらず私の「思い」はどこまで必要なのか。その価値を見出せずにいました。


帰国して1年以上が経過したこと、その1年で映画・音楽・お洋服などの素敵な作品に出逢えたことで、改めて「私」の中でシリコンバレーでの3ヶ月は1年前と同じ重量で胸の中に存在して、それどころか身近な人がSFの写真をSNSにポストすることで、嫉妬心が沸き起こります。だから、この3ヶ月間を経て今、感じている事こそが、私が大事にすべき事なのかと思い、ある意味自分を赦す事ができました。

この3ヶ月、毎日を強烈に「何を学んだか?」そう問われながら、「私」として生きました。
知人の家で『攻殻機動隊』を観て怖いという感情が沸き起こったことも、Mountain ViewのGoogleで、『Girls who code』のドキュメンタリーを観て、角南萌ちゃんのような日本人の女の子がいる事を嬉しく思うと同時に、日本からはこのプロジェクトに誰も参加しないまま、アルジェリアのチームが優勝した現実を知ったことも。
Google Xがやっているプロジェクトを、Google Xで聴講することも、Google Xの内装を見て驚くことも。Singurality Universityで、ワクワクすることも。
シリコンバレーで生きることも、つまりそれは「成功者」を意味することも、その人口比率の大半が白人なことも。
裏切られたような気分になり、絶望したくなる事もあった中で、明日の未来を創る為に、今を生きるという姿勢は、何にも代え難い居心地の良さがありました。


1年間の休学期間を簡単にまとめると、「やりたい事を追求する」その大事さに気がつけました。大事だけれれども、気がつかないで終わっていたのかもしれない、本当に素敵な方々の熱量は、貴重な財産です。これからは、日本・シリコンバレーを始め、世界中で生きる。そして、次のテクノロジーのムーブメントの中で、愛や優しさといった、身を包んでくれる感情になるものを、表現する。それが私の目標です。

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