シバ王国

イエメンと未だ知られぬ古代文明

Firas フィラ
9 min readJan 22, 2020

この記事で世界最古の、そしてほとんど知られていない文明の一つを紹介したいと思います。でもそれを始める前に少しだけ数千年前にシバ王国が栄えた私の故郷イエメンについて話したいと思います。

イエメンは中東の最も南に位置し、面積は約525,000平方キロメートルで、アラビア半島で二番目に大きい国である。その上、イエメンには200以上の島があります。海に近いためイエメン人の食生活は主に魚と野菜なので、肥満の問題がほとんどありません。

東に昔からイエメンと親しい関係があるオマーン、西に紅海、南にアラビア海、そして最も重要なのは紅海とアラビア海を繋いでいるBab-el-Mandebすなわち涙の門が南西に位置していることです。涙の門の向こう側にジブチがあり、昔は周辺の島の所有に関する紛争があったが現在はイエメンと良好な関係にあります。

古代から最近に至るまでイエメンは幸せの土地と呼ばれてきました。それは次の二つの理由のおかげです。一つ目は共有文化です。共有文化というのは人々が常にお互いに食べ物とかを共有することです。「別々」という言葉はイエメンでは全然使われていません。二つ目の理由は土地の地理的多様性のおかげです。地理的多様性というのは渓谷、海沿いの土地、高い山脈と熱い砂漠があることです。さらに、山脈の高さのおかげで雨雲が発生しやすく、他の多くのアラビア半島の国よりも土地が肥沃になりました。

イエメンの主な輸出品はコーヒー豆と黄金です。黄金の採掘は数千年前に始められたらしい。 “Caffe mocha” と “Mochaccino” という名前は19世紀にコーヒー貿易が盛んだったイエメンの街Mochaからきています。

この写真に写っている都市はShibamといい、世界の最古の摩天楼があります。砂漠のマンハッタンと呼ばれているShibamはユネスコの世界遺産に登録されています。砂漠のマンハッタンと呼ばれている理由はいくつかありますが、そのうちのはっきりとしている理由は「ビルが高くて、人がいっぱいいるから」というものです。

イエメンの首都、そして400万人が住んでいる最大の都市は、サナアと言います。サナアは標高2300メートルの山あいに位置し、世界で最も標高の高い首都のうちの一つです。さらに、2500年以上前からサナアには人が住んでいて、継続的に人が住み続けている世界最古の都市のうちの一つとなっています。

古代都市の面影ははっきりとした建築的特徴のある旧市街を見て回ることでわかります。Bab al-Yemenすなわちイエメンの門は1,000年以上前に作られて、壁に囲まれた旧市街の最も人気がある入口です。素晴らし建築のおかげでサナンの旧市街もユネスコの世界遺産に登録されています。

それでは今からこの記事の本題である約3000年前に興ったシバ王国についてに話したいと思います。約3000年前というのは古代ローマ文明が誕生する400年前であり中国の最古の文明が誕生 したころです。

シバ王国は南アラビアにあって、首都はイエメンの中心都市Maribです。Maribは昔から名前変わっていません。シバ王国に住んでいた人々であるサバイン(Sabaeans)は、Sabaicという、たくさんの珍しい文法ルールを持つ古代言語を使っていました。

Sabaeansは香辛料の貿易、現在まで続いている金の採掘、そして素晴らしい建築技術で知られていました。

上の写真に写っているマリブのダムの紀元前8世紀の完成によって、サバインの文明は、その全盛期を迎えることになりました。幅が680メートル、高さが35メートルもある巨大なマリブダムは「最古のダム」といわれています。

そしてそれは、世界で最も優れた古代技術の一つであるとも言われています。雨季は特に景観が美しくなることから、考古学者達はマリブを古代世界のパリと呼んでいました。

古代Maribから南東に7キロ離れた場所にBarran Templeという神殿がありました。神殿が町の外れ作られた理由は人々に宗教上のプライバシーを与え、僻地からでも巡礼しやすくするためです。

地形調査によると、Barran Temple神殿は自然の高台に作られ、低い所から見たらその素晴らしさがはっきりと分かります。神殿へのアクセスは、中庭やホールに通じるドアによって制限されていました。大広間の中の32の柱が世界的な考古博士Wendell Phillips氏によって,1952年に発見されました。

シバ王国が存在した1500年(紀元前1200年から約300年)の間の一時期にシバ王国には大変美しく、聡明な女王がいました。その女王の名はビルキスといい、シバ王国が繁栄するための重要な役割を担っていたと信じられています。

ビルキスは,シバ王国の繁栄のために、ソロモン王国との貿易を始めました。自らラクダに乗って,香辛料や貴重な宝石などをはるばる王のもとへ届けに行ったのです。多くの人々が,この女王の旅の事を,世界で初めておこなわれた偉大な貿易だといっています。

ソロモンはその類まれな知性と、莫大な財力、そして権力で知られていました。これらの話は、旧約聖書やイスラム教のコーランなどにも載っています。また,ハリウッドでも、1959年に「ソロモンとシバの女王」という映画が作られました。

イエメンに残っている最大サバインの神殿はマハラムビルギウス(Maḥram Bilqis)すなわちビルキス王女の聖域といいます。マハラムビルギウス神殿は,月の神殿と呼ばれ、直径が95メートル、そして、壁の高さが16メートル以上もありました。雄大な8本の石の柱は、今もそびえたっています。

ここからは、何百もの碑文や陶器,高さが93センチもある銅像など、素晴らしい出土品がたくさん発見されました。この銅像は、現在のイエメンの通貨にも描かれています。

この記事を書くための情報を集めていた時に、世界最古の文明のリストなどにシバ王国がほとんど出てこないことに気づきました。だから、この記事でシバ王国について知る人の数は少しでも増えたら非常に嬉しく思います。

ここまで読んでいただき誠にありがとうございます。

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Firas フィラ

数年前に日本語を勉強し始めたんですけどまだ下手なので上達させるため、ブログウを書こうと思います。いままで訪れた国について投稿してるので是非フォローしてください