前文 「彼について」

他者の評価を束ねることでなにかを語るというのは、あまり賢明な行為とはいえません。誰それ曰く、あれはこういうものだ。何某曰く、いやああいうものだ。他の誰それ曰く、そうだそういうものだ。他の何某曰く、いやいややはりこういうものなのだ──どんなに多くの声を集めても対象の本質へ近付くとは限りませんし、評価の数が即ち真実の看破に繫がる訳でもありません。分析や批評と呼べるものにさえなっているかどうか。何故ならそれらは客観的とはとても言い難い、主観の寄せ集めに過ぎないのですから。ですが世の中の物事は常に、誰かの主観によってしか観察できないのもまた事実です。観察者たちの主観により紡がれた言葉が編纂者の主観によって選別整理され、選別整理されたものが閲覧者たちの主観により読み解かれる。あまり賢明とはいえない行為ではありますが、人が人であり神の目を持ち得ない以上、なにかを語る際には結局のところ、これしか方法はないのでしょう。真に客観的な視点とは神しか持ち得ないものですから。ですから、今巷で話題になっている『彼』──イミナ=ハイマティエに関しても、私はそういうふうに語ることにしようと思います。もちろん、私は世間的に見れば彼にごく近い立場の人間ですから公平な視点からほど遠い編纂者となるのは明らかです。また一方で、彼のすべてを知っている訳でもありませんから、不足している情報も多々あります。ただそれでも、満足な見聞もなく噂だけで口さがないことを喚く人たちよりは、彼の姿をきちんと語れるのではないかと自負しております。とはいえ私個人の感想をつらつらと述べるよりは、私がこれまで見聞きしてきた、彼に関する周囲の評価を挙げていく方がよいでしょう。この場合の『よい』とは、単に私の都合が『よい』ということではありますが。そっちの方が語りやすいのです。さて。昨今、王都では、彼を英雄と呼ぶ声があると聞き及んでおります。第二次妖精戦争において数々の武勲を打ち立てている『金狼騎士団』の前衛攻撃部隊長。単独でエルフの将軍と戦いこれを討ち取ることさえやってのけた、皇国きっての勇者、と。一方で、それを過大評価だと揶揄する者もいるそうです。敵将の首級をあげたとはいえそれが真に本人の実力によるものかどうかは定かでないし、そもそも戦の大局を左右できるほどの軍功でもない。所詮は平民出のいち兵士、ミリフィカ姫殿下に気に入られただけの成り上がりだ、と。実際のところ、言葉としてはどちらも正しいのではないかと思います。彼は数多の敵を打ち倒すことに成功しています。鬼や魔獣どもの討伐数は群を抜いていますし、先述の通りエルフと──あの、こちらの百人隊を単独で壊滅せしめる力を持った妖精族と──一対一で戦って勝利するという芸当もやってのけています。ですが一方で、それは常に負け戦の最中でありました。それが充分にわかっているのか、彼は自らの軍功を誇ったことなどただの一度もありません。いえ、功をたてたという認識すらないでしょう。失礼と誤解とを承知で申し上げるなら、平民出であることも──我ら『金狼騎士団』の団長であられるミリフィカ=ユサラ=アストゼルレン閣下が、その平民出である彼のことをいたく気にかけていらっしゃるのも事実です。ただ、英雄だとか大層なものでもないとかいった評価は、あくまで戦場から遠く離れた王都において、人伝の見聞でしか彼を知らない者たちが下すものです。彼を戦場で目にした者は、また別種の感情を抱くでしょう。即ち、畏怖を。実際、金狼騎士団においてすらも、彼のことを恐がる兵士たちの多いこと多いこと。彼と親しく口を利くことができるというだけで、私などですらおっかなびっくりされてしまうことがあるくらいです。実際の私は金狼騎士団の支援部隊長という大それた肩書きをもらっているのが悪い冗談だとしか思えないほどの、臆病な小娘だというのに。彼の戦い方は鬼気迫っていて勇ましく、残酷で冷徹です。とてつもなく強いことは確かですが、それでいてどうしようもなく危うくて、戦っている最中はどこか楽しげでありながら悲壮感もあり──形容に矛盾を孕んではいますが、だからこそ──矛盾を孕んでいるからこそ、周りの人々に畏怖を与えるのでしょう。団員たちの一部には、彼を評して狂人などと揶揄する向きがあるのも事実です。戦いに駆られ心が壊れてしまった狂戦士だと。ただそれらもやはりまた、一面的なものに過ぎないと私は思います。兵士たちは、戦場の様子でしか彼を判断しません。もっと言うなら、彼がどんな気持ちで戦に臨んでいるのか、どんな気持ちで剣を振るっているのか、そして、どんな気持ちでエルフと戦っているのかを、よく知らないままでいるのです。ですから、それらのことをある程度知っている──彼により近しい者たちは、彼に対してもっと別の感情を抱いています。たとえば敬意。たとえば渇仰。たとえば感嘆。たとえば報恩。たとえば憐憫。たとえば親愛。そして彼ら彼女らたちは、そういった想いとともに彼を語るのです。曰く「あいつの剣は疾く鋭い。いち剣士として負ける訳にはいかない」曰く「あの人は本当に凄い。自分もいつかあの人と肩を並べて戦いたい」曰く「実際よくやってくれてるよ。俺たちはあいつがいるからどうにか生き残れてるんだ」曰く「私たちは彼に命を救われたよ。だから私たちの命はいつか彼のために使う」曰く「あれはもっと幸せになっていい。見ていていたたまれなくなる時がある」曰く「彼は我らが騎士団の中核です。それ以上、言葉で評する必要もありません」私も、この人たちと同じ気持ちです。
英雄と呼ばれるのならば確かにそうなのでしょう。心の壊れた狂戦士なのだと言われても正直なところ、否定はできません。けれど私たちにとって彼は──尊敬に価する戦士であり、驚嘆すべき剣技の持ち主であり、掛け替えのない仲間であり、命を救われた相手であり、戦いに心を削る悲しい生き方をする人である彼は──数ある周囲の評価などとは無関係な、とても簡素な言葉で表現できます。つまり、大事な友であると。私たちはみな、イミナ=ハイマティエのことが、好きなのです。とはいえ──。友人である私たちの評価で締め括っても、まるで煙に巻いたようでありましょう。この手記を今読んでいる──それが明日のことになるのか後世のことになるのかはわかりませんが──どこかの誰かに、彼のことを理解してもらえるかは微妙なところです。ですからここで、ある方の言葉を引用しておきたいと思います。我ら金狼騎士団の輜重部隊長であり、イミナ=ハイマティエの幼馴染みでもある少女──エリス=イーヴィの、彼に対する評価です。彼女は彼とともに幼年期を過ごし、彼とともに成長し、彼とともにあのサライド村の悲劇を乗り越え、彼とともに戦へ加わり、今現在、彼とともに戦場を駆け抜けている女性です。つまり彼の最も近くで最も長い時間を過ごしてきた、彼と分かち難い絆で結ばれた方です。エリスさんの言は私たちの中でも群を抜いて主観的に見えます。ですが実のところ──彼女の言葉こそが、真実に最も近いのではないかと思うのです。数多の主観を集めて束ねたものよりも、ひとりの主観の方が優れている。皮肉めいてはいますが、それが世の常なのかもしれません。けれど私たちにとって彼は──尊敬に価する戦士であり、驚嘆すべき剣技の持ち主であり、掛け替えのない仲間であり、命を救われた相手であり、戦いに心を削る悲しい生き方をする人である彼は──数ある周囲の評価などとは無関係な、とても簡素な言葉で表現できます。つまり、大事な友であると。私たちはみな、イミナ=ハイマティエのことが、好きなのです。
とはいえ──。友人である私たちの評価で締め括っても、まるで煙に巻いたようでありましょう。この手記を今読んでいる──それが明日のことになるのか後世のことになるのかはわかりませんが──どこかの誰かに、彼のことを理解してもらえるかは微妙なところです。ですからここで、ある方の言葉を引用しておきたいと思います。我ら金狼騎士団の輜重部隊長であり、イミナ=ハイマティエの幼馴染みでもある少女──エリス=イーヴィの、彼に対する評価です。彼女は彼とともに幼年期を過ごし、彼とともに成長し、彼とともにあのサライド村の悲劇を乗り越え、彼とともに戦へ加わり、今現在、彼とともに戦場を駆け抜けている女性です。つまり彼の最も近くで最も長い時間を過ごしてきた、彼と分かち難い絆で結ばれた方です。エリスさんの言は私たちの中でも群を抜いて主観的に見えます。ですが実のところ──彼女の言葉こそが、真実に最も近いのではないかと思うのです。数多の主観を集めて束ねたものよりも、ひとりの主観の方が優れている。皮肉めいてはいますが、それが世の常なのかもしれません。
彼女、曰く。イミナは、昔からずっと変わらないよ。優しくて、純粋で、笑うと可愛い──私の愛しい人。
金狼騎士団支援部隊長ライミィ=セレア・シュティーメリル記述『日記兼遺書』と題された辞書ほどに分厚い手記の、中ほどより抜粋

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