もっと面白いテキストが読みたい

面白いテキストって何だろうと考えた時に、自分が読みたいテキストは、何かしら学ぶことがあったり、書き手の思いが伝わるものだと思った。

よくFacebookやTwitter、はてブでは、話題のネタだったり面白そうな製品だったり、笑える記事だったりが流れてくる。別にそう言った物が嫌いなわけでもないし、楽しく読む。

だけど、実体験から語られたストーリーだったり、ごく個人的な内容や散文だとしても、その人の思いが強く伝わるようなテキストが、もっと読みたい。言い換えると、足りてない。

幸い、と言うか、自分が欲しい物を志向しているから当たり前かも知れないけど、highliteにはそう言ったテキストが比較的多く集まってくる。人によって関心は様々なので、どの関心をフォローするかに依存するのだけど、それでもやはり、比率としては多く感じる。

これは「自分のために保存する」ことが目的のサービスだからだと思う。

「誰かに見せるため」でも「自分の賢さを誇示するため」でも「一言いうため」でもない。

自分で後で読み返したり、参考になる情報として使うためだったり、純粋に強く共感して、それを残しておきたいから。少なくとも自分の使い方として、highliteに残すテキストはそういう物が多い。

大切にしたいものだから線を引くのであって、大切でないものを残す場所ではないのだと思う。大切でない情報を残した所で、個人的に楽しさは薄い。

恐らくこれらのテキストは、今までEvernoteだったり、個人のメモ帳に保存されていたものだと思う。本を読んで、気に入った箇所を書き出して、仮にその情報を使うアテがなかったとしても、残したいから残しておく。使う時が明確なら、引き出せるようにしておく。保存して、整理して、振り返る。これはとても個人的な行為だ。

highliteはそんな「個人的な行為」を共有するサービスだ。そうして共有されたテキストは、とても興味深く映る。普段だったら読まなさそうな記事を読みに行ったり、もっと早く読みたかった、と思えるような古い記事に出くわしたりする。

人の関心は様々で、一人の人間が持っている興味や趣向は多岐に渡る。だから僕たちは、本当に興味や関心があることでも、ソーシャル上に吐き出すことに抵抗を感じたりする。リアルの繋がりがあったら、尚更だ。

highliteは「個人的な関心」を表に出せる場所であり続けたい。見られることを悪い方に意識してしまって、本当は興味のあることが残せない場所にはしたくない。リアルの繋がりがあったとしても、互いの関心に寛容にいられる場所を作りたい。

もっと面白いテキストが読みたい。

もっと個人的な関心に紐付いた、みんなが読んでいないようなテキストに出会いたい。

蛇足:
これはMedium上に書かれたテキストに好きなものが多い理由に近いかもしれない。Mediumで「他のメディアで見つかりそうな記事」を見つけた時に強い違和感を感じたのだけど、それは、そのテキストがここに合わないからだ。Mediumではみんな自分の思いや思想を吐き出していて、それを読むことが楽しい。これはhighliteで実現したい「個人的な行為の共有」と近いのかも知れない。

そんなことを、読まれることを強く意識しすぎず、個人的な思いとして今回文章を書いてみて思った。この意識だと、Mediumはとても「書きやすい」。

Mediumの言う「人は少ない読者に向けて書く時に最も書く」の意味はこういう事なんだろうなと、勝手に思った。この感覚はインターネット的で、心地良い。