べっこう飴、割れた

2016年の夏、娘はほかのたくさんの子どもたちと同じようにポケモンGOに夢中になって、暑い日差しの中を、スマホをにらみながらどこまでも歩いていた。いや、実はそれを焚き付けたのは父親である私で、街のあちらこちらに隠れているだろうポケモンの力を借りて、あんまり一緒にいられない娘を外に誘いだしたというのが正しい。

最初は夢中になっていた娘も、いくつかのモンスターを集めて、すこしレベルが上がってきたところで、ぬぐってもぬぐっても汗が流れてくることに気づいたようだった。その日はその夏一番といってもいい暑さだった。

娘はくるりと振り返り、家に帰りたいといった。もちろん。暑いからね。汗もたくさんかいた。家に帰ってシャワーを浴びよう。いつからか合流した、少し歳の離れた兄も、すっかり汗だくになっていた。

帰り道、なにかのイベントがあるらしく、露店が並んでいた。人もたくさんいた。子どもなら暑くても人が多くても、露店の前をとおりたい。娘だってそうだ。そう、私だってせっかくだから露店の前をとおりたい。人混みの中を歩きながら、いつもはすぐにかき氷を食べたがる娘は、その日はどこか我慢しているようだった。せっかくだから、なにか買ってあげるよと言っても、いいよ、という。いいよ、いらない、早く帰ろう・・・でも・・・あれ、ほしいな。

かき氷を売っている露店の店先に並んでいたのは、べっこう飴だった。べっこう飴がいいの?べつにかき氷でもいいんだよ、今日は暑いから。ううん、あれ、べっこう飴がほしい。

なにがそんなにうれしかったのか、娘は大はしゃぎだった。一緒にあるいている兄に、あげないよ、でもすこし舐めさせてあげようか、なんて言っている。今すぐ袋を開けていい?いや、家に帰ってからにしたら。そんなことをしているうちに、信号待ちの娘の手から、べっこう飴がするりと落ちた。袋をしていたから汚れはしなかったけれども、べっこう飴は割れてしまった。

娘は、泣いた。あれだけ悲しそうに泣く娘を見るのは久々だった。兄がどんなになぐさめても泣きじゃくっていた。なにも悪くない兄は、でもバツが悪そうだった。新しい飴を買ってこようか?それでも娘は泣き続け、そのまま家に帰った。

家に帰って泣き止んで、それでもどこか悔しそうな娘は、袋から割れたべっこう飴を取り出して口に入れていた。いつまでもなかなかなくならないべっこう飴を舐めながら、いつのまにか笑顔ももどり、いつもの明るい娘になっていた。割れたことをあんなに悔しがったべっこう飴も、全部食べる前に飽きてしまったようで、あとはパパにあげる、なんて言って、仕事をしている私のパソコンの横に余ったべっこう飴は置かれていた。割れた大きなカケラの一つが、まだ残っていた。お兄ちゃんの必死の優しさはきちんと感じてくれているのかな。

いつか娘が大きくなったら言いたいと思う。「お前が小さいころ、べっこう飴を落として泣いたことがあったんだよ」と。「もうおぼえていないだろうけど、暑い夏の日、お前は本当に悲しそうに泣いていたんだよ」と。

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