旅のシャツ

「お風呂に入りながらシャツを洗うのが好きだ」と私に教えてくれたのは、世界の紛争地帯で難民の手助けをしている人道支援団体に所属する、私より少し歳の若い友人だった。ちょっとそのへんに買い物に行くのにも、前後にボディーガードをつけなければいけないような危険な地域での生活の中で、仕事を終えて宿に戻り、お風呂に入りながら頭を空っぽにしてゴシゴシと服を洗うのが毎日の日課で、なによりの気分転換なんだ、と。その代わり、シャツはすぐに傷んじゃうけどね。そのときは現地で新しいシャツを買うんだ、と。そのとき彼は日本に戻って仕事をしていて、でもそう遠くない時期にまた海外に出たいと言っていた。

私もすっかり移動が多くなった。できるなら荷物は少ないほうがいい。だから服は最低限しか持たない。服は毎日ホテルのバスタブでゴシゴシと洗う。友人の彼のように。ホテルの部屋の空気は乾燥していることが多いけれども、そうでないときもある。空調が壊れていて寒い時も、蒸し暑いときもある。寝る前に部屋に干した洗濯物が、必ずしも朝までに乾いているとは限らない。だから、シャツは薄いほうがいい。下着も、できれば薄い生地がいい。なるべく早く乾くように。当然私のシャツもすぐに痛む。旅先で破れることもある。そのときは買えばいい。彼と同じように。食べ物と服なら、世界のどこにでも売っている。

旅は寂しい。そこに行くということは、ここからいなくなるということ。ここにいる大切な人を置いて、私は旅に出る。

でも旅はうれしい。ここを離れるということは、いつかここに帰ってくるということ。ここにいる大切な人への思いを抱いて、私は旅をする。

私の旅は面白くないかもしれない。どんな場所に行っても、仕事で必要なこと以外はとくにすることもない。観光名所にわざわざ出かけることはないし、名物料理を探すようなこともない。たいていは、なるべく居心地のよい場所を探して少し歩いて、どこかちょうどいいところがあればそこに座って、仕事の続きをしたり、ちょっと文章を書いたりする。コインランドリーで落ち着くこともある。世界のどこにいっても、洗濯物がガラガラと回って暖かいコインランドリーは居心地がいい。そんなつまらない旅行でも、いつもと違う空気と水には少しの不安が混ざっているし、知り合いがだれもいない空間はいつもの場所とは違う気楽さが漂っている。ほかの人からみればなんのへんてつもない、むしろつまらないような旅で、私は私なりに興奮しながらのびやかになる。

私は旅に出る。できるだけ荷物は少なく、考えることもシンプルに。旅先のホテルで彼のようにできるだけ頭を空っぽにしてシャツを洗う。浮かび上がるのは自分の大切なこと。大切な思い出。そして大切な人。居心地の良い旅先のその場所は離れがたく、でも帰る日が楽しみでもある。

よい旅を。

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