家族連れの弊害
単身で海外生活をするメリットとデメリット
先月滞在していたフランスの大学に日本人の留学生が2人いた。せっかくなので2回ほど呼び出して(正確には呼び出されて)楽しく日本語で会話しながら食事などしたのだが、2人ともまだ独身の学生なので当然単身での渡航であり、心なしか寂し気に見えた。我々を見て「家族っていいですね」などと言われた。10年ほど前に単身で2年近く米国で過ごしていた当時の自分と重ね合わせると、その気持ちはとてもよく理解できた。
日本でもそうかもしれないが、欧米では特に、単身で生活するのは単に寂しいだけでなく何かと制約がある。たとえば、ちょっと高級なレストランなどにはなかなか1人では入りにくい。映画館や劇場、コンサートホール、野球場などにもなかなか1人では行く勇気が出ない。周囲がほとんど家族や友達同士、カップルで行動している中に単身で乗り込むにはそれなりの度胸が必要だからである。もっとも、欧米のレストランで1人で食事をしている人をまったく見かけないわけではないが、ほとんどの場合、それは貫禄ある年配の男性である。
今回は、短いながら初めての家族連れ赴任で、以前に単身で海外生活をした時と比べていろいろ良いことがあった。それはまぁ先月いろいろと書いた通りだが、1つだけ弊害があった。それは言葉である。
家族と一緒に暮らすと、家では当然日本語を使う。仕事のある日は、日中は英語(と今回の場合は仏語)の世界に浸れるが、家に帰れば日本語の世界である。休日は1日じゅう日本語を喋る。したがって頭の中は日本語のままである。私の場合、外国語を喋ったり聞いたりする場合に、急に頭を切り換えるのが非常に苦手で、ずっと日本語を喋っているときに急に英語で喋るのにはとてもストレスを感じる。5分くらい英語で会話すると徐々に頭が切り変わっていくが、その5分間はほとんど「どもり」状態に近い。私でなくても誰でもそうなのかどうかはよく分からないが、少なくとも同時通訳がスラスラできる人を私はとても尊敬する。
以前米国で暮らしていたときは、独りぼっちで寂しくはあったが、ほとんど日本語が入ってこない環境にいたので、3か月ほどで無意識に英語でものを考えるようになった。半年ほどで英語の夢を見た。1年ほどで英語を喋ったり聞いたりするのがほとんど苦でなくなった。決して英語が極めて上手になったわけではない(いまでも決して上手ではない)が、後から振り返ってみればそういう現象が自然に起きていた。
英語の世界で暮らす場合、上の現象のうち「英語で考える」ことができるかどうかが、ある意味で重要なポイントだと思う。たとえ口から発する英語がたどたどしいカタコトで あっても、頭の中で英語で考えてさえいれば、ほとんどストレスを感じないからである。逆に、いくら流暢な英語を口から発していても、頭の中に少しでも母語である日本語が残っていると、喋っていて非常に疲れる。
語学スキル向上とレストランの美味しい料理のどちらを取るかは、この年齢になると少々判断に困るのだが、もしもあなたが語学力を向上させる目的で留学するのならば、単身で渡航し、でき得る限り日本語に接触しない環境に身を置くべきである。そういう意味では、留学先で日本人の友人と日本語で過ごすのはお互いためにならない。多少ぎこちなくとも、日本人同士であれ現地の言葉で話すようにするとよい。無理にでも日本語を使わない努力をすれば、3か月で頭から日本語が消え、6か月で外国語の夢を見るはずである。
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