私は、結婚するだいぶ以前に、現在住んでいるマンションを購入して1人で引っ越してきた。当面は独り暮らし なので、とりあえず最低限の生活道具を運び込むだけにして、4LDKのうち3部屋には家具も何も置かず、2年以上「ひろびろ~」と優雅な生活をしていた、ということはナイショにしておくが、最初にここにやってきた時に、それまで住んでいた家から一足の「スリッパ」を連れてきた。とりわけどうということのない安物の室内履きだったが、冷たい床の上ではなかなか重宝し、特に履きにくいわけでもないから、気にせず2年以上家の中で使い続けた。
やがて自然の摂理で汚れてボロボロになったので、新調すると同時にその慣れ親しんだスリッパはベランダの隅に追いやられた。そのときに捨ててしまえばよかったのかもしれないが、ボロボロとはいえベランダでちょっと作業する時にでも履けるかなぁ、と考えたのだろう。
時が過ぎ、結婚してしばらく経った頃、本来の生活感を得た4LDKをせっせと掃除していた妻にそのスリッパは発見された。ただでさえボロボロの上に、ベランダの隅に置いてから一度も使っていないのだから、埃だらけのゴミ以外の何でもないような代物になり果てている。
そのスリッパは、念願のマイホームを手に入れて最初にやってきた日に持って来た数少ないアイテムの1つなのである。したがって、いまとなっては何とも感慨無量である。軽々しく捨てられるものではない。だがそういう事情を説明するのは至って困難だし、どう見てもゴミだよなぁ、これ。
そういうことってありませんか。他人が見たらどう見てもゴミにしか見えないのに、誰か特別な人に貰ったとか、特別な時に使っていたとか、それを見るとあの○○だった当時を思い出すとか。
しかし捨てるしかない場合の緩衝策(少しでも捨てることに関する心の傷みを和らげる方法)は、「写真を撮ってから捨てる」に尽きる。そういう場合、デジカメほど便利な道具はない。特に愛着のないものであっても、「こういう物体を持っていたという事実を記録しておきたい」だけの場合、写真に撮っておけば、書類のスキャンと同様、ほぼ無限個の「もの」が保管できるのである。
そうやって撮った写真は、もちろんプリントしてアルバムに貼る必要などない。いつか画面で見て「ああ、こんな物を持っていたなぁ」と思えばよいだけだし、ひょっとしたら一度も見ないうちに忘れてしまうかもしれない。これも一種の電子化である。
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