Twitter時間

2012年5月18日の連投ツイートより


「先日メールを送りましたが(=読んでくれましたよね?)」と同じ感覚で「先日ツイッターでつぶやきましたが(=読んでくれましたよね?)」と言われても困る。フォローしている人のつぶやきを完全に見ているはずがないし,そんなこと不可能。

電車の中とか外食時とか,少し時間があるときにTLをずっと半日分くらい遡ってみることはあるが,普段は気が向いたときに上のほうにあるつぶやきをざっと眺める程度である。というか,それが普通じゃないの?

フォローしている人数にもよるんだろうね。50人くらいだったら完全に追い掛けることも可能かもしれない。私の場合は極力増やさないようにしても150人くらいだから,1日分遡るのには相当な時間がかかる。これが500人とか1000人とかになったらまず無理だろう。

最近の悩みは,twitterだけでなくFacebookのTLも1日分遡るのが困難になりつつあることである。

そうか。ほぼすべて見ているという人がフォローしている人数が私の約2倍。よっぽど時間があるのだろう。その時間を使って参考書や論文を読むとどんなにか(ry

便利なツールであることは間違いないけれど,ほんの数年前まではこんなのなかったんだよね。仕事の合間にちょっと見て,寝る前にちょっと見て,を累積するとかなりの時間を費やしてしまっている気がする。ただでさえ時間が足りないってのに。


良い方向に考えてみる。1日の時間は昔も今も同じ。SNSを含むインターネット上のツールがなかった頃は,いまよりも余分に時間を費やしていた何かがあった。

たとえば,いまなら添付ファイル付きメールでポーンと送ってしまえるものが,昔は印刷して封筒に入れて郵便局に持って行って発送するのが普通だった。当時はそうするしかなかったからそれに費やす時間など気にならなかったけれど,いまから思えばずいぶん時間を浪費していた。

あとは通販かな。ポチッとやると翌日届くのが普通になってから,たとえば秋葉原や神保町に行く機会がうんと減った。

たいてい,目的の物を買ってすぐに帰ることはしなかったから,ああいうところでずいぶん時間を浪費していたともいえる。その時間が,こうやってツイッターでつぶやく時間に転嫁しただけのことか?


話が支離滅裂に飛ぶが,京葉線にSLが走ってからもう23年も経つんだな。いまの愛弟子達が産まれたか産まれないかくらいなんだな。

京葉線は当初,西船橋から海浜幕張を通って千葉みなとまでの区間が先行開業した。これが1986年。その後,1988年末に新木場まで,1990年に東京まで開通。私の地元に関していえば,ちょうど自分の学生(学部)時代と重なっている。

京葉線ができても,早稲田(正確には高田馬場)まで行くのは東西線のほうが便利だったから,しばらくはそれまで通り通学には東西線を使っていたが,確か大学院の2年目くらいに京葉線経由に定期を切り替えた。

通学時間はやや延びて定期代も高くなったけれど,朝ラッシュの超満員の東西線に乗らなくてすむようになったのと,経路に新宿が加わったのが嬉しかった。

それに,大学から帰る終電が,確か東西線高田馬場が23:47,山手線新大久保が23:55で,その僅かな差が貴重だった。ほんとに新大久保23:55の 電車によく乗った。それで家に帰り着くのは深夜1時すぎ。2時すぎに寝て,翌朝は7時に起きて,遅くても9時までには研究室にいたあの時代。

単純な比較はできないが,当時といまとの最大の違いは,自宅でインターネットにつながるかどうか,かもしれない。もし現代でもインターネットが存在しなかったら,朝から深夜までオフィスにいることになっていたかもしれない。

それ以前に,学生か社会人かという違いのほうが大きいのだけれど,学生の頃のほうがいまよりも長時間研究室にいたという事実は,なかなかズッシリと重い。しかもあの頃は土曜も日曜も研究室にいた。20年前の自分に叱られているような気がしなくもない。

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