比叡山七不思議のひとつ、『茄子婆さん』

織田信長の比叡山焼き討ちは歴史の教科書などでもお馴染みの話だと思う。

比叡山は京都と滋賀の県境にそびえる山で古くから霊山として知られ、大比叡神・小比叡神をまつる山岳信仰が伝わっていた。

715年頃に藤原武智麻呂が禅院を建て、それが後に延暦寺となる。

日本に伝わった大乗仏教のなかの一宗派である天台宗は、延暦寺を開いた最澄により、日本天台宗となり、僧侶たちの様々な解釈や新たに中国からもたらされた教義や情報によって多くの宗派に分かれていく。

いわば天台宗の総本山延暦寺は、日本における仏教の総本山。

戦国時代に入ると、延暦寺はその財力と武力によって強大な支配力を持つようになり、天下布武を掲げる織田信長にも従わなかった。

怒った信長は1571年、比叡山に火を放ったのだが、この結果何千もの僧侶が焼死し、3000坊を数えた堂塔のすべてが失われた。

この焼き討ちが行われようとした際、大講堂の前の鐘をついて、変事を知らせた者がいた。

目撃者の証言によると、その者は60歳前後の女性で、顔が綺麗な紫色に輝いていたという。

これが「比叡山七不思議」のひとつである『茄子婆さん』。

比叡山で大事件が起きようとしているときだけ現れそれを知らせてくれるという。

この茄子婆さんの正体は、800年ほど前、宮中に仕えていた位の高い女官で、生肉が大好きだった彼女は毎夜、比叡山にしのび込み、動物を殺して食べていた。

この報いによって死後、魔界に落ち、妖怪になってしまったのだが、妖怪になった後もそのことを恨まず、観音菩薩様に対する感謝を忘れなかった。

善行をしようとするときには不思議な力を使うことができるようになり、その力を比叡山を守るために使うようになったのだ言われている。


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