「送り手」と「受け手」についての考察

障害者福祉サービスにおける保護者と支援者について


「モンスターペアレント」と「弱くなった教員」や「過度なサービス対応を迫られる介護職」ということを「送り手」と「受け手」という関係の中で捉える、ということを考えてみた。そのことを考えきっかけになったのは、生活書院のウェブサイトにある福井公子さんによる連載の「別れ」というコラムを読んだこと。

障害のある子の親である私たち──その解き放ちのために

「普通」と一般化していいか少し自信はないけれど、障害者に限らず「我が子」や「きょうだい」をサービスに預けるとき保護者は「送り手」側であるという意識が強いだろう。そして、その「子」や「兄弟たち」を利用者として施設が受け入れるとき支援者や介護者は「受け手」の立場に立っていることが多いと思う。この関係は、きっと違和感なく「受け手」と「送り手」は成立するだろう。もちろん、この関係は今現在の障害者や老人介護サービスの前提となる「制度」、それ自体が「個人の契約に基づく利用」として福祉事業を設定しているからでもある。けれど、先に紹介した福井公子さんは少し前の制度のとき、「措置制度」の時代とは少し違う雰囲気があると言います。

支援員さんの数は以前よりも格段に増え、その対応もまるでホテルの従業員かと勘違いするほど行き届いていたにもかかわらず、私は何とも言えない苛立ちを感じてしまったのでした。
彼女が息子の通う施設で働き始めたのは、まだ措置制度の時代。当時は私たち親も一緒になってバザーをしたり、旅行に行ったり、支援員さんたちとの関係も今よりもっと家族的なものでした。私たちは支援員さんたちの家族構成や、子どもさんの名前までも知っていました。
しかし、この春、長年勤め息子のことを一番よく知っている支援員さんが辞めると聞いて私は動揺しました。私が支援員さんに求めていたのは○○さんだから託せるというような濃密な関係であったのだと改めて気がつきました。その人と出会ったからこそ生まれたたくさんの物語が今も私たちの記憶に残っています。けれども、彼女が辞めるということは、そんな時代との別れを予感させるものでした。

時代の流れの中で、人が集まり声を集め「制度」を動かし、よりよい支援や介護が継続的に受けられるようになり、「送り手」と「受け手」の関係はいつの間にか、相互の運動から、託す力動が1つの方向に向くようになっているのだと感じました。障害者の在宅介護や支援を続けてきた保護者の内、この20年の中で意図せず運動の波の中に浸かり結果として制度が変わりそしてそれに伴い自分自身の生活も変化する実感の中ではきっと現行の障害者自立支援法以降の福祉サービスの変化については複雑な感情を抱く人もいるのではないかと想像していました。地域の中で活発な地域活動を出発とする社会福祉法人や、親の会から始まったような地域活動センターや共同作業所、そしてNPO法人が運営主体の施設においてもきっと多くはそうではないかと想像します。制度化することで運営が安定化し、またその結果として「利用者」が増えることでなし崩し的に運動家から労働者として支援者の需要が高まり、それはクライアントとワーカーの関係がドライでマニュアル化され均一な支援の質を求められる結果を招いているのではないか。

そういえば、この前の新年会の時、私が苛立ったのは帰り際の事でした。ホテルのロビーに支援員さんが一列に並び、利用者や家族を見送ってくれたのです。それは確かに「サービス」という言葉にふさわしい行為でした。しかし、それは時間どおりに帰ってくださいという送り出しのように私には思えたのです。以前なら時間を気にせず、あちらこちらで談笑が始まっていたはずでした。私は担当の職員さんと支援計画などということではない、たわいのない会話もしたかった……。 私たちは確かに「サービスの利用者」という立場を手に入れた。心地良い響きと共に……。 いわゆるサービスは向上し、私たちの暮らしも少しは良くなった。もう昔には帰れない。

ただ、「送り手」としての保護者だけが何かを失い、そしてサービスや暮らしを得た「代償」としての反省をすべきかというと、「そうではない」と支援者であり、小さな福祉サービス事業所を運営する立場として考えています。今の事業所を一緒に立ち上げた女性スタッフは、重度の知的障害者の支援を得意としていました。前職でもぼくと一緒のチームにいた彼女は、いつも本人の「向こう側」にいる家族の支援も意識していました。例えば、当時ケアホームで生活していた重度の知的障害のある自閉症者に対して導入していたスケジュールやコミュニケーションカードは、家族と関係を再構築できるツールとして位置づけていました。入所から家族の元へ、それをどう可能にするか。それを支援の要素のひとつとして強く意識していました。つまり、ぼくたち支援者が「介護」や「支援」を提供する「だけ」という立場を越えて、どう本人と生きやすい暮らしや関係を築くかというレベルで考えたとき、支援者も「送り手」であるのだ。サービスを媒介にして、本人との生活を再構築する手段や方法、またはやり過ぎた関わりから降りることを獲得できるのなら保護者も「受け手」なのだ。ちなみに彼女が導入したツールは、担当利用者が自宅に一時帰宅した際に全く好きなことだけに没頭していただけだったものが、家族からコミュニケーションにとても有効だったと喜ばれていた。

運動として保護者も支援者も相互に暮らしや自立を目指し闘ってきた歴史の上にこの制度はあるのでしょう。ときに当事者と介護者は―保護者も支援者も関係なく―対立したこともあったでしょう。今は、どうでしょうか。「サービス」と位置付けられ、その為の仕組み―例えば個別支援計画やモニタリング、契約や需要事項の説明、または施設認可の為の条件や介護給付費等とその加算・減算といったものに絡め取られた施設は、自分たちをいつの間にかそんな規制もされていないのに「受け手」として「だけ」の立ち位置に縛り付けてしまっているのではないか。先の福井さんの憤りの正体にぼくら支援者も気付く必要があるはずだ。そして、まだ「サービス」という言葉の意味や制度の仕組みに降伏せずに、それ自体を内側から喰い破るように運動していたい。そうしていきたいし相互関係の中でこの「制度を使った福祉」「制度内の福祉」を続けることで、例えば精神障害や広汎性発達障害といった比較的地域生活という中での実践が新しい人たちに開かれた始めた制度だからこそ、支援を媒体化して運動と制度が相互に影響し合えるよう、施設と支援者の役割も更新されるときにきているとは感じている。

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