InsurTechの本命、Lemonadeのビジネスモデル

Masa Masujima
10 min readSep 22, 2016

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保険業界の皆さんには以前から要注目であるとお話していました、Sequoire Capitalなど著名VCが投資するステルス案件であったInsurTechの本命、Lemonadeがリリースされました。

なんとか日本でもInsurTechを盛り上げていきたいと考えています僕としては、初期的なものでも彼らがどんな感じでサービスを作っているのかということを、僕なりに分析した内容をなるべく早く皆さんと共有したほうがよいだろうと思いまして、公表されている情報やアプリをいじってみての初期的な分析を書いてみました。
なお、こちらはリーガルアドバイスではありませんので、ちゃんとしたリーガルアドバイスを必要とされている方は個別にご連絡ください m(_ _)m

1.NY州の家財保険を取扱い

米国は州ごとに保険ライセンスがありますので、それぞれの州でライセンスを取りにいく必要があります。保険は大数の法則を使って収益を安定させますのでスケーラビリティが命、多くの人が集合的に住んでいるNY州からサービスをローンチするというのは合理的です。

取り扱う商品が家財保険というのもポイントです。家財というのは意外と単純な商品で、日本では保険会社ではなくミニ保険と呼ばれている少額短期保険という簡素な保険の仕組みで受ける事業者が増えています。

マーケティングとしては、NYのように住宅密集地でアパート住みの人に家財保険を安く売るということで、極めて常識的な判断だと評価することができます。

LemonadeのUIの良さに目を奪われて色々なことを考える起業家の皆さんがいると思いますが、何の保険でもいいってわけじゃないということに注意されたほうが良いでしょう。あのLemonadeですら家財保険から入っている、という受け止めをされるべきかと思います。

2.代理店手数料モデル

Lemonadeは保険会社を作っていますが、マネタイズポイントは代理店手数料ではないかと思われます。

Lemonadeが押し出しているように、保険の引受け主体はB-Corpということになっており、株主に対する配当至上主義は採用しないということを宣言することで、ソーシャルインパクトを全面に押し出しています。この点はLemonadeにとって本質的なポイントと思いますので、後述します。

保険会社のKPIは損害率と事業費率で表示されます。損害率とは、損害によって払われると見込んでいた額と実際に払われた額の差額に着目したもので、事業費率とはコストの見込みと実際に払ったコストの差額に着目したものです。Lemonadeは前者について、その差額が出たら返金しますと言っていますから、損害率のところでは儲けを出すモデルではないはずです。損保の実務でいうところの無事故戻しですが、B-Corpの認証をとっているということなのでここはしっかりと返金しているということなのではないかと思われます。ここでどれだけしっかり戻せるか、というのがLemonadeの商品性の強さになるはずで、そのためにはリスク管理が大切になります。その鍵が再保険ですが、この点は後述します。

事業費率については保険会社の運営コストと代理店手数料が主たるコストと思われますが、保険会社の運営コストは後述するChatBotと機械化によってかなり安く抑えられているはずです(Techを司っている部分を別会社化してアウトソーシングという形を取り、Tech部分をなんらかオープン化していくということを考えているかどうかは、現状の規約等を見た感じではまだわかりません。)。そうすると、Lemonadeが儲ける場所は代理店手数料ということになるはずで、おそらくこれが他のP2P保険と同様、もっとも合理的な選択肢なはずです。

Lemonadeのページを見ますと、Lemonade Insurance Agencyという文字があり、利用規約を見ますと、これが代理店ライセンスを持っています。契約を取れば取るほど代理店サイドに収入がながれる、という点をマネタイズの軸に据えて、保険会社のファンクションはひたすらAIとアウトソーシングにより効率化する、というのが基本戦略であるように見えます。

3. 販売機能(ChatBot)

採用しているインターフェースはモバイルのChat Botです。おそらく皆さんの目に触れるのはこの部分なので、ここを見て「すごい」であるとか「これならできる」であるとかそういった反応がでてくるのではないかと思います。

自分でも昔住んでいたNYの住所で支払の途中まで試してみましたが、商品が家財というとても単純な商品なので、ChatBotを組むのはとても容易ということかと思いました。保険料の算出をリアルタイムで行うエンジンが動いていますが、これもそんなに珍しいものではありません。

家財という単純な商品だからこそ、組めた仕組みであるというのが正直なところではないでしょうか。逆にいうと、医療保険などはまだまだ実用に堪えるものを作るのは難しいということなのかもしれません。

これは皆さんに前から申し上げていますが、革新的な保険は特に、UIからスタートして商品を設計できないといけないと思います。紙で対面で販売することを前提とした商品をどんなにモバイルに持って行っても、商品の販売のために法律上必要な情報量は、モバイルのUIで説明できる情報量を上回ってしまいますので、これはまともに販売できません。

これに関連して今回僕が驚いたのは、法定の情報提供が極めてシンプルになっていることです。ここまで情報量が少なくて済んでいるのは、フルスタックの保険会社ではない、日本で言うところの少額短期保険業に相当するような、情報提供の量が少なくてもよいことになっているような業態でLemonadeが作られているからなのではないかと思われます。この点は海外の保険業法制の細かいところなので、十分に分析ができていませんが、そのうち海外のInsurTechコミュニティの人たちから教えてもらおうと思っています。

LemonadeのUIを説明するビデオ

4. 引受機能(アンダーライティング)

保険会社ですので、ちゃんと払ってもらえるのかという点はとても重要で、そのためのリスク管理、とりわけ引受リスクの管理は健全性、ひいては信頼性の確保のために大切になります。この点Lemonadeは以前より漏れ聞こえていたように、引受機能は再保険によってアウトソーシングされています。保険会社の保険外の収益源の一つに、受け入れた保険料を運営して設ける運用益というのがありますが、この部分も基本的には外部に出してしまっているということだと思います(足の短い保険を取扱う損保会社はあんまり関係ないともいえます)。なお、日本では少額短期保険の日本震災パートナーズさんがこういう仕組みで地震保険を受けているということが以前報道されていましたが、100%出再ということにしているのかどうか、Lemonadeと再保険会社の間で一定のテクノロジーによるリアルタイム出再のアレンジメントがあるのかないのか、というあたりが気になります。

Lemonadeではロイズ系の再保険会社に出再しているということを言っています。ロイズの再保険マーケットには色々な参加者がいるので、ロイズにだしていますと言われてもそれだけで信用できるわけではないのですが、引受リスクの管理は再保険会社にアウトソースしているといえるでしょう。

5. 支払機能(クレーム処理)

支払の部分もChatBot対応がなされていてすぐに手続きできるということが言われていますが、Fraud対策がどんな感じで作られているのかという点が気になります。損害調査の実務部分はアウトソースされている可能性が高く、特に米国では支払い請求が来ますと、これをスコアリングにかけて支払って良い案件かどうか、Fraudの可能性がある案件かどうかをスクリーニングするシステムを提供しているNew Jersey州に本社を置く会社があります。その会社を使って一定のスコアリングが出ている案件は自動的に支払う仕組みを作っているものと思われます。

Squareが優れているのはドングル自体ではなく、テクノロジーを駆使したダイナミックなリスク管理の手法にあるのと同様、損害率のコントロールに関連したInsurance Fraud対策がどうなっているのか、という点にもLemonadeはそれなりのテクノロジー上の工夫があるはずです。Lemonadeは紹介動画で「今までの保険会社は支払を拒絶することで儲けを増やしてきた」ということを批判しており、自分たちはこの点に強みがある、ということを主張していますので、Insurance Fraud対策のテクノロジーがキラーになっていて、この部分を訴求して再保険の好条件を勝ち取っている可能性があるように思います。

Lemonadeの技術を説明するビデオ

6. まとめ

おそらく世界中のInsurTech関係者が注目していただろうLemonadeですが、蓋を開けますと基本をきちんとおさえた極めてオーソドックスなサービスであるということだと思います。ただ、これをやり切るためには、保険の専門性と先端のテクノロジー、UIについての深い理解、ロイズネットワークとの深いつながり等々が必要だったはずでして、これだけの専門性を集めて事業化までもっていった起業家とSequoiaはやはりただものではないと思います。

保険セクターを担当している僕が特に強調したいのは、彼らは「保険の原点」に立ち返っているということです。彼らの保険はmutualという保険の原点的なものに近いと思っており、彼らが自らのサービスをP2P Insuranceであると自己定義しているのも、まさにこの点を意識しているからだと思います。

もともと保険は仲間内でお金を出し合って、誰かが不幸にも事故に巻き込まれたらその拠出金で事故を填補するという「相互扶助」の原理に基づくものです。なので、創業者は、拠出金が余ったらこれは拠出者に返すというのがむしろ原則で、これを保険会社が取っていってしまうというのは違うんじゃないか、ましや利用者は保険金の支払を期待して保険に加入しているのに、事故が起きたら免責云々を主張してできるかぎり支払わないようにすることで収益を確保する、というのは保険の姿としてありえないのではないか、という問題提起をしているのです。

保険業界は社会の高度化とともにここ百数十年で大きく発展しました。しかしその過程で資本主義に飲み込まれ、保険の本来の姿を忘れてしまっているのではないか、最新のテクノロジーを与件とすれば保険の本来のあり方を取り戻すことができるはずだ、という創業者の強いメッセージをLemonadeからは感じます。

資本主義時代の保険の抱える構造的な利益相反の課題を解決する。彼らがB-Corpにこだわったのはこの故であり、LemonadeがFinTechと呼ばれるイノベーションの名に値するものであることの証左だと思います。

今後の展開は、家財保険を中心に地域を広げていくということでしょうか、他の商品を持ちに行くということでしょうか。どういう方向に進むにしても、彼らは保険の「相互扶助の理念」の旗を下ろすことはないはずです。

日本の起業家の皆さん、Lemonadeに続く、日本の消費者に新しい価値を提供する保険の仕組みを作りませんか?

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Masa Masujima

Masa is a senior partner at Mori Hamada & Matsumoto, one of the top Tokyo headquartered law firms. Specializes in financial regulation and tech transactions