祖母からの便り(お盆に寄せて)

いつも太陽のように明るかったマンナ。晩年は魔女というか妖怪というか、鋭いゴッドマザーでした。

父が亡くなり13年、母を失い11年。
母の三回忌の法要が終わった年に、妹と話し合って、その後の法事はしないことに決めました。
癌で倒れた父の看病から葬儀まで、1年にも満たないリレー走者の日々、その父の三回忌が過ぎてホッとしたところでやはり母に癌が見つかり今度は1ヶ月ほどで命を落としてしまい、あれよあれよと母の三回忌まできてしまったため、もう冠婚葬祭については御免くださいという気持ちでいっぱいになってしまったからです。
わたしから高らかに提案したため(姉っぽいややごり押し気味なセリフも使ったし)妹も同じ気持ちなのかついに確かめず終いなのですが、そこは一連の苦しい時間の殆どを共にした姉妹、きっと彼女も同じ面持ちであったろうと感じています。

この時から、親戚や友人のお見舞い、葬儀、お墓まいりもよほどの事情がない限りは遠慮することにしています。
その代わり、といっても不義理の代わりにはならないのは承知の上ですが、
・お互い元気な時にしっかりと交際しておくこと
・いざ自分が助けて欲しい時には伝えること
・相手のヘルプサインを見逃さないこと
父母を亡くす前には特に気をつけたことがなかったこんなことを、努めて大切にするようになりました。

そんなわけで、(恥ずかしながら)お盆といっても、特にすることはありません。
2年前に亡くなった祖母は、お盆の迎え火、送り火、お飾りなどを必ずしていました。
祖母は、わたしが物心ついた頃からどういうわけか「マンナ」というハイカラなニックネームで呼ばれていて、叔母や従姉妹たちからも、一般的な呼び名である「おばあちゃま」「おばあちゃん」と呼ばれたことはありません。
このお盆に、その祖母マンナが早朝の夢にひょいと出てきたから驚きました。
覚醒夢真っ最中のわたしは「お盆だからマンナが家に帰ってきたのだ。わたしたちが迎え火も焚かなかったし提灯もないのにさすが99歳まで生きていたからここまでの道も迷わなかったのだ」としごく冷静に捉えてはいたものの、裏返したわたしの心の中では、元気な祖母と再会できた喜びでいっぱいになり、目を覚ました時の感動は思いがけず深く大きなものでした。

そんな夢見の朝、本棚を整理していてふと目について手にした、幸田文の随筆『季節の楽しみ』のコピー。
管理の悪さで冒頭の数ページが抜けていたのにもめげずに、何かを感じて読み始めてみたら、流れるような文体とすっきりとした英知にぐいぐい引き込まれていきました。
一部を紹介します。

手に確かめて季節を知るひと、季節を先取りするのが好きなひと、さんざ素通りしたあげく、急に季節に対面して、凝然呆然とする人、さらにその呆然にお相伴して、未熟をさらす人。人は季節を語ります、が季節もその人をあばきます。
 とにかく以前には、なにかと季節へ交際を持つ人が、今より多かったと思います。今はほんとはどうなのでしょう。奥さんがたは、石油がなくなると彼岸を思出し、値上がりはしたがどうにか手に入るとなれば、たちまち春ともいわなくなるとは、まず関心放棄といったところでしょうか。家庭の主婦がそうでは、子供たちも独りでに無関心になります。

これを読んで悟ったのです。
祖母は毎夏、きゅうりやなすびを用意してお盆のことをきちんとしていたので、原田家の祖先として堂々と家に帰ってこれたのだ、と。
さてさて、今年のお盆はもういいとして、すぐに秋のお彼岸です。
過去の祖母と現在の祖母から心動かされたわたしは、今後、季節の移り変わりとどう親しんでいけるのでしょうか。

A single golf clap? Or a long standing ovation?

By clapping more or less, you can signal to us which stories really stand out.