お金の何が世界を「動かしているのか」

Kabir Sehgal著「貨幣の『新』世界史:ハンムラビ法典からビットコインまで」、原題「Coined: The Rich Life of Money and How Its History Has Shaped Us」。一見、金融関連の本と思いきや、表題の問いを追求する視点の多さと議論の多様性が素晴らしく、内容を何度も読み返すと、バブル崩壊、リーマンショック、イギリスによるEU離脱、三菱東京UFJ銀行「独自仮想通貨:MUFGコイン」の発行計画、ビットコインの正体、シェアリングエコノミーの本質や未来像まで、実に幅広く深く考えられるとも思った。

まず、著者は以下のような議論から始める。貨幣の起源を紐解いていくと、もともと貨幣は「生き残りをかけた生物同士の共生関係」からスタートしているという。まずもって、この生物学的視点と出合った時、これまでの自分の認識「貨幣は物々交換の限界から解放するために生まれた」というのがいかに浅はかだったかを思い知らされた。本書の中で、この「交換」行為が生物の進化的アルゴリズムの一部を担っているという歴史を紐解いていくにつれ、新たな発見との出合いが沢山あった。

歴史的な流れを簡単に描くと、以下のようになる。端的に言うと、お金の誕生には二つの要因が必要であったという。それは、人間の協調的行動と表象的思考である。

なぜ人間は文明や文化を創れたのか?→生き残ることが大命題であった時代、協調行動は進化にとって有利に働くため、協力は不可欠だった→人は協力するための道具(言語や手斧など)を発明→生き残りのチャンスを高めるため新しい道具を継続的に創造するためには、道具作りの”専門化”が必要になった→結果、人の表象的思考力が高まる。例えば、釘とか斧などのモノや農作物余剰の交換をし始める→交換のルールも策定する(カール・マルクスが「C→M→C」という公式で表現した取引が行われる以前には、商品が貨幣の機能を果たす)→しかし、モノの物々交換には物理的な限界があったと同時に、とくに親しい仲や知り合いの間での信頼関係においては物々交換は機能しづらかった。なぜなら、物々交換にはルールがあったとは言え、交渉や干渉の余地が発生するため、親しい間柄でそれをやってしまうと贈与経済的には信頼関係を損なってしまうから→そこで、信用供与や融資、「債務」という概念が誕生(債務の人類学)。例えば、種や土地を貸与する代わりに作物で返済せよと→その結果、社会的地位が誕生→取引の「市場」の重要性が高まるにつれ、組織的な宗教が誕生→なぜなら多くの人は貧しいゆえ、物質的な富に関する解放的な見識やお金に関する精神的論理が必要だったため

さらにここから、ハードマネーの歴史へと論が進んでいく。「硬貨には社会の民主化を促す影響力があった」というのだが、その歴史的背景が興味深い。

当時、銀と大麦は交換手段。とくに、銀の希少価値ゆえ、貴金属とモノを天秤で正確に測定→鋳造技術の発達も相俟って、リディアで発明された硬貨。硬貨は全てのものを評価するための価値基準となった→しかし、シニョリッジ(通貨発行益・貨幣発行特権)を思いつく人が登場。発行者を識別するための刻印された芸術も追求されたものの、銀や金の含有量を不正に調整することで、よりグレシャムの法則(悪貨が良貨を駆逐する)が蔓延する→ハードマネーの改鋳は景気を回復軌道に乗せるために有効な貨幣政策として認識。とくに、古代ローマでグレシャムの法則が蔓延った結果、物々交換と債務取引が増加→硬貨の価値低下を補うために商人は商品価格を引き上げ、結果、インフレが発生した→やはり、そもそも硬貨は本物の法定貨幣として皆から信用されなければならない→理由は、硬貨の合法性について疑念が持ち上がれば、アゴラ(市場)には不安が広がり、通貨危機が発生して権力の弱体化につながりかねないから→そこで、硬貨の文化的シンボル化や芸術的価値が追求される→結果、硬貨は市民の誇りや法治国家の価値の象徴にもなっていった。商人なども自力で取引できるように民主化を促す影響力を持った→貨幣を媒介にするだけで煩わしさとは無縁に相互関係を張り巡らせた→結果、起業家精神も出てくる

お金という価値のシンボルは、人の心に刺激を与え、体を操り、心の在り方をいかに決定してきたか。本書の内容より、今も続くこの歴史的な循環が見て取れる。以下にもある通り、プラトンの先見力が光っている。

金属主義と表券主義について。プラトンは、貨幣を強欲と堕落の象徴と見なし、金も銀も禁止すべきだと主張していた。さらに、交易や小売経済は「人間の心に嘘つきの習慣を植え付け、市民の間には邪推の種が蒔かれてしまう」とも考えた。

続いて、ソフトマネーの歴史。「脳の中で始まる」、この一文が全てを物語っていると思った。

ソフトマネーはなぜ創造されたのか?→それは「利便性、抽象性、普遍性、権力」→つまり、ハードマネーからソフトマネーへの移行は、脳の中で始まる→概して、経済が調整されるときは、心理状態の変化が先行する→ソフトマネーのシステムではチェック機能が働かない。ソフトマネーのリスクを硬貨への兌換性で担保する→銀や金、土地の裏付け、有効期限などが必要だった→貿易や商業が発展する→一方で、銀行と政府で構成されるカルテルの管理下で貨幣の一部が私物化される状態→この金融制度の独占を脅かしかねないのが、ソーシャル、P2P型決済、取引相手評価システム、安全性の高い暗号化システムなどのテクノロジー

経済が困難な時には、貨幣の循環も悪くなり物々交換が成立しやすい/連帯感も強まりやすく、とくに、サービス産業において「バーターネットワーク」が成り立ちやすいという。このバーターネットワークという文脈は、「スペンド・シフト」が詳しい。2008年の金融危機を経て、アメリカの消費者は大量消費の夢から醒め、絆、信頼、未来のためにお金を使うようになり、消費行動とは自らの価値観を表現する手段となった。この時点で、シェアリング・エコノミーが一気に支持(Uber、Airbnbなど)。

一方で、経済が強気の展開の時は、お金はますますデジタル化されていき、目に見えなくなるという。ビットコインしかり、将来的には「ニューラル・ウォレット」も実現でき得るかもしれない。SF的ではあるが、例えば、自分の脳をエネルギーグリッドに接続すると、時間・過去の経験・知識・知恵・エネルギー(カロリー・ビタミンなど)を販売・購入できるというもの。

物事の原理原則や成立背景を突き詰めていくと、逆説的だがアイデアの幅や深さが拡がると同時に、大きな視点で未来を描きやすくなると思い知った次第。

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