「ソーシャル物理学」からの示唆をどうビジネスに活用するか?

Koichi Haruta
7 min readOct 11, 2015

MITの教授でビッグデータ研究の世界的第一人者であるアレックス・ペントランド氏の最新刊「ソーシャル物理学:”良いアイデアはいかに広がるか”の新しい科学」を読了。学術的な記述が多く、少々読みにくい箇所もあったが、日頃のビジネス環境を念頭に読み進めた時、個人的にはとくに、市場経済や計量社会科学、交換ネットワークの発展方向性に対する仮説や問いを深めるにあたって非常に勉強になった。ソーシャルメディア、リアルタイムメディアに関する未来像や他分野との融合が今後どう進んでいきそうか?どんなビジネスが誕生しそうか?求められそうか?等について、とても示唆に富む内容だった。

<ソーシャル物理学が誕生した背景>

元々、経済学や経営学といった社会科学の分野は、現実からかけ離れた実験研究が多く、とくに社会を定量化するために使われてきたアンケート調査は、主観的で精度が低いという印象があったのは否めない。ところが、社会を横断的・統合的に俯瞰できる環境が整ってきた。つまり、スマホ、ソーシャルメディア、通話、メール、クレジットカード、検索履歴、POS、位置情報、行動データ、医療記録など、「生きた実験室」の整備である。

こうしたデータ取得環境を味方につけて、ペントランド教授は「ソシオメトリックバッヂとファンフというデバイスで蓄積された人の行動データを分析することによって、社会的相互作用における結果、つまり、個々人の行動や社会の未来を予測できる」という可能性を呈示している。データ取得の構成要素としては、①デジタルセンシング・プラットフォーム、②定点アンケート、③購買行動、④SNSに関するデータ収集アプリ。とくに、②を定期的に実施することで、被験者の性格パターンも変数に組み込んでいる点が面白い。こうした「デジタルデータのパンくず」の中から、人間行動のパターンを見出すことを「リアリティ・マイニング」というらしい。

サイエンスライターのマーク・ブキャナン氏いわく、「噂、流行、異常な興奮の広がりの、不思議で自動的と言ってもいい働きを見れば、人間の集団行動が驚くほど正確な数学的パターンに従っていることが分かる」、これを科学的に検証して、数学モデルに落とし込んで再現性を高めている感じ。

<なぜソーシャル物理学なのか?>

ソーシャル物理学は、「経済の動きの研究ではなく、アイデアの流れがどのようにして行動へと結びついていくのか?を明らかにすること」。言い換えると、経済学ではいかに市場が通貨の交換によって機能するかを研究するのに対して、ソーシャル物理学はいかに人間の行動がアイデアの交換によって促されるのかを研究する学問。とくに、社会的学習が習慣や規範をもたらす力に注目。そのため、ソーシャル物理学は本質的に確率的であり、人間の思考プロセス(心理的側面など)がいかに形成されるかを検討外とすることで生まれる不確実性が、その中核に存在している。

この文脈において、勿論、「人間の行動に法則なんてないし、国や文化ごとに違うし、一律の議論をしても意味がない」という反対意見もあると思う。しかし、少し考えると、例えば、平日や週末の過ごし方、通勤経路、趣味・嗜好など、個人レベルでも日々の意識や行動を振り返ると、驚くほど定常的パターンが存在しているのも事実。上述したように、社会全体を定量的に捉えられるデータソースや分析手法が身近になった時代において、ソーシャル物理学は社会全体だけでなく、国、制度設計、都市、ビジネス、組織、医療など、様々な面において効率性、創造性を高められる可能性を秘めていると思う。

<本の中で印象に残った箇所>

創造性は個人の才能ではなく、群衆の英知。集団的知性、集団合理性。良い結果を生む「探求」のポイントは、①グループ内・間での社会的学習、②多様性、③他人と反対の行動を取る人物

端的に言うと、ポジティブな意見、ネガティブな意見も含めて、意見の多様性が保たれていた方が遥かに信頼性が出て、新しい発想や行動を促すということ。とくに、「ネガティブな意見が出ると企業やブランドのイメージが…」と判断される傾向があるビジネスの世界において、この科学的根拠はとても有用なのではと思う。

ソーシャル物理学におけるエンゲージメントの定義とは、「社会的な学習、繰り返し行われる協調的な交流。人々の間で発生する、強力かつポジティブな直接的交流」。一連の研究の結果として言えるのは、エンゲージメント(繰り返せ行われる協調的な交流)は信頼感を醸成し、他人との関係の価値を高め、それが結果として協調行動に必要な社会的圧力の土台となる。言い換えれば、エンゲージメントは文化をつくるのだ。さらに研究によって、ソーシャルネットワーク・インセンティブがこのプロセスを加速し、個人的なインセンティブよりもはるかに効果的な場合が多い。

いわゆる、メディア指標のエンゲージメントとは異なり、「エンゲージメントは文化をつくる」と定義されている。もしかすると、ここに、クリックやリツイート、シェア、いいね!などよりも納得感の高い新しい指標や効果測定基準の成立可能性も感じた。エンゲージメントがブランドにとって継続的な資産価値の指標となるなら、例えば、一般的なブランド指標(第一想起率、好意度、親密度、購入意向、推奨意向など)と連動するかたちで、FacebookやTwitter、 Instagram等でブランドが抱える友達やフォロワー同士の”交流関係の密度や会話量”をトラッキングするのも一つの手。日頃からその密度を高めていくことで、例えば「同じ意見を持つ人への接触の量や、友達やフォロワーの交流の量でもって、将来における個々人の最終的な行動を予測できる」可能性があるなら、「会話量がどの程度まで増えると行動変容するのか?個人の購買パターンが変化するのか?」といったビジネス上のKPIを想定することで、ブランドとして大きなインパクトを残せる取り組みができそうである。

「人の習慣とは何か?どう形成されるのか?」「習慣、選択の優先基準、好奇心は何で動かされるのか?」

著者の研究によると、「直接的であろうとなかろうと、周囲の人々の行動や発言への接触が、新しい習慣を根付かせる最大の要因」であり、とくに対面での交流のある人の行動が重要とのこと。考えてみれば当然かもしれない。佐藤尚之氏の言う「仲間ごと」から受ける影響は計り知れない砂一時代にあって、「ランニングしてみたい!ヨガしてみたい!あの映画観たい!あの漫画読んでみたい!」といった思い立ちの発端は、周囲の人の意見が大きく影響していることが多い。こうしたいわゆる”ソーシャルネットワーク・インセンティブ”は、個人への経済的インセンティブよりも効果が高く、持続するという。本書の中で、音楽定額サービスやアプリ利用における検証結果より、クーポンや値引きといった経済的なインセンティブは、「行動のきっかけにはなっても、その後の行動規範や習慣にはなりにくい」とのこと。昨今のビジネスやキャンペーンの状況を鑑みると、直接的な交流や他人の意見などソーシャルな関係性に根付いたインセンティブのアイデアは、もっと議論されてもいいかもしれないと思った。

人を主に階級や市場の立場から分類してしまうことの無意味さ

マーケティングにおいて、ターゲティングを考察する際に、しばしば「団塊世代、ベビーブーム世代、ミレニアム、ゆとり世代、さとり世代」といった議論が行われる。しかし、ひとたび「リアリテイマイニング」を行って、全て意識・行動データでトラッキングしていくと、世代ごとのラベリングがいかに無意味かが分かる。こうした世代論や十把一絡げなセグメンテーションは、現実を単純化しすぎており、逆にビジネスチャンスを逃す危険性すら孕む。勿論、人間には観察不可能な心理的側面や思考プロセスがあるため、純粋に予測できないこともあるが、社会通念からの脱却を促して新機軸を打ち立てるという意味においても、この視点は洞察に満ちている。

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Koichi Haruta

Formerly @WeWork, Uber, Twitter, GREE and Hakuhodo. It always seems impossible until it’s done. #DoWhatYouLove #LoveWhereYouWork