一覧性と総合性

私は、個人で日経新聞(紙)を購読しています。
きっかけは忘れてしまったのですが、おそらく過去にやっていた政治系の活動とか、かつて友人と作った学生団体で新聞を発行していたことが起因しているのだと思います。特に、後者の理由。新聞を作っていた時代が私にはあるので、メディアのことは少しわかるという思いがあります。

そんな私なのですが、最近少し考えていることがあり、今回はそのトピックを深く考える為、エントリーを書こうと思います。

ザクッというと、今回の内容のメインテーマは「新聞について」です。


そもそも新聞ってなんで必要なの?

このトピックを考える端緒となったのは、今購読している新聞を読むという優先順位がだんだん下がってきている実感があるからです。もっと端的にいうと、新聞に対するROIが1以下な気がする、そんな感覚です。

そんな実感値から、「新聞ってなんで必要なんだっけ?」と考えるようになりました。例えば、大学等では就活の為に新聞の購読を薦めたりするケースもあるようです。でもそれって短絡的すぎないか。

参考程度にいくつか調べてみました。

上によると、新聞の存在意義は、一覧性と総合性にあるといいます。

一目でパッとわかり、トピックが多岐にわたる、これが一覧性と総合性です。これは確かに正しいと思えます。

私の経験値で行くと、新聞製作の際には、取材→執筆→レビューという流れで記事が作成されます。少なくとも、取材の前後にネタのジャンルや内容がある程度判明するので、それに応じた紙面割を考えます。その時には、紙面自体のジャンルとトピックの相性、ネタの重要度合いに応じてパズルを解くわけですが、確かにこの作業によって新聞の色が決まると思います。

つまり、記事割の段階でどういう内容をしっかり読んで欲しいかという編集者の価値観が介在します。編集する人の経験によって、ある意味属人的に決まるものではあるので、いい紙面割にする際にはクリエイティビティが必要になるのかもしれません。

ネット上のニュースサイトにおいては、一覧性を担保するのが難しい関係でこの点に関しては、新聞が優位と言えると思います。総合性は、正直データ量などで考えるとネットに新聞は敵わないです。

ではこちらはどうだろう。このエントリーは、新聞紙に存在意義があるかという内容で書かれたものです。ざっくりとは、紙で伝えていた情報が、別の方法(ネットなど)で伝わるのであれば、紙は非効率的な為不要では?と言っています。

確かに、これも一理あります。情報の伝達をメインに考えると、ネットの方が効率がいいし、資源も節約できる。ネットなら話題の総合性を担保でき、ある程度自分でフィルターをかけて、必要な情報のみをキュレートするのも簡単。それに加えて、NewsPicksなどであれば、プロピッカーがPickしたものを中心にみながら、ニュースに対する他の人の反応を見ることも容易である。


新聞を読む必要性はあるのか

私が今悩んでいるトピックです。エントリーを書いているうちに頭の中がかなり整理されてきてきました。

一番の問題は、新聞のどの特徴に価値をおいているかなのだとわかってきました。

もし、新聞の一覧性に価値を見出しているなら、新聞を購読する意味があると思います。ネットでは、紙面ほどの一覧性を担保することは現状できないと考えて良いからです。電子書籍ならまだしも、電子版を紙面ダウンロードして読めるほど、現状デバイス側もアプリケーション側も優れていないというのが正直なところだと思います。

一方、新聞の総合性に価値を見出すなら、その他のキューレーションメディアやいくつかのメディアをフィードすることで事足りるでしょう。むしろ、新聞にも執筆者の価値観が反映されているので、話題に対する総合的な見解、多様な意見を欲しているならむしろ、新聞だけではなく様々な意見が飛び交うインターネット上から自分の意見に近いもの、反対するものをしっかり調べる方が、その話題に対する理解も深まると思います。


補論:大学での学びについて

新聞について考えてきたのですが、それに関連して、学習についても考えてみたいと思います。

まず大前提として、学習方法には一般的な最適解がないと思います。それはある種当たり前ではあります。個人の異質性を仮定しないとしても、人にはそれぞれライフステージや人生のフェーズがあって、それに応じて必要になる知識の範囲や深さが異なってくるからです。

1つ私の中ではっきりしたのが、一般的な知識を積み重ねるよりも極めるべき専門知識があるのであれば、そちらに全力をかけるべきであるということです。こう考えて見ると、大学等で闇雲に新聞を読みなさいと伝えるのも、一度立ち止まって再考して見る必要がある行為なのかもしれません。

※私のコアには、20代はスキルと自分の能力値を上げるために一生懸命になるべきだという価値観があるので、異論は多々あると思います。

プラクティカルに考えると、一般的な履歴書やCVには大局的でリベラルアーツ的な知見を記述することはあまりありません。どちらかといえば、専門的な知識や成果について書くことがメインです。

例えば、大学側が達成したい目標が「高い就職率と良い企業に入る学生を多く輩出すること」であるとすれば、専門的な学習機会をもっと多く提供し、企業側で再現可能な能力をどのように担保するかを考える方が善い解なのかもしれません。

新聞などを読み、自分で専門的な知識を活かして自発的に実践的な学びをする学生はかなり少ないという状況があるのであれば、少なくとも専門的な知識を活かせるだけの基礎を固めるサポートに注力するというのも1つ大学には大切な機能なのかもしれないです。

P.S.

そう思うと、今私は極めたい知識があるので、とりあえず一般的な知識は後でも大丈夫な気がしてきました。購読やめよう。

それよりも、紙面のどこにどの記事があるのかを分類する問題を解いてみたい。なんか機械学習等を用いていい解を出せないか。

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