広告のことを考える

嫌われる広告について考える


http://b.hatena.ne.jp/entry/thebridge.jp/2013/11/interview-with-gunosy-new-co-ceo-shinji-kimura-the-first-part

このブックマークページのコメントの「コンテンツにコンテンツっぽい広告混ぜるのどんだけパーソナライズされてても深刻に迷惑だしそれを堂々とやって自慢するのサイコパスでは」ってのに、ドキッとした。誰かと思ったらssig33氏だった。

実際、コンテンツの振りをする広告というのは不愉快なものと思う。ステルスマーケティングなどはその典型で、「ユーザーの生の声」と言う価値のありそうな情報を装って広告を仕掛けてくる。読んだ方は、広告と気付いた段階で「騙された」と思う。

じゃあ広告はどういうシーンでなら許されるのだろうか?自分の中では、「私は広告ですよ」と堂々としているものの方が許容度が高い。印刷物で言うと「広告チラシ」とか、これのために新聞を取っているという人もいるくらい。

ところが、いかにも「広告です」という態度の広告は、(特にネット上では)スキップされブロックされ、目に留まる事すら難しい。

「広告だとわかっていて、あえて見に行くようなもの」が実現できたらいいのだけど、なかなか難しそうだ。その点、グーグルの検索連動で端の方に広告が見えるというのはよく出来たしくみだと思った。最近は広告が前面に押し出され過ぎていて鬱陶しいけれど。

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