日本の学生はゼミや研究室に入って初めて批判され議論する体験をすることが多い。学問とは文字通り「学を問う」ものであるから批判されることで淘汰され、議論することで修正され、結晶化される。でも批判されることや議論することに慣れていないと、ついつい評価されていないと悲しくなったり、なんで認めてもらえないのかと怒りたくなったりして感情が揺さぶられて辛い思いをすることになる。
このような学問のスタイルに慣れるのはそう簡単ではない。長い時間がかかる。この時間に必要なのが修士の2年間や博士課程の3年間の時間だと思う。
研究とは学問を使う遊びです。学者にとって学問はおもちゃです。だから純粋な学者には役に立てようなんて発想は生来ありません。
でもその営みから生み出される理論や技術は人類を救ったり豊かにしたりします。役立てるのはプロデューサーやテクノロジストの仕事です。人材も多様性が大切。
たぶん今の大学の先生は真面目になりすぎたんです。真面目になると余裕もなくなります。もっともっと学問を使った高尚な遊び方を学生に教えなくてはなりません。
アラビア文字やベンガル文字で名前や記事を書いている人からFacebookの友達リクエストが来ると全く読めないので判断に困る。少なくとも名前だけはラテン文字で英語風に表記して欲しいと頼むのも失礼な気がする。漢字やハングルも同様の問題を起こしているのだろうなぁ。
こういうのを技術的に克服できたいいのになぁと思いました。
本特定テーマでは、ゲルの研究開発における階層的デザインとイノベーションの広がりを俯瞰しながら討論することを目指します。そこで下記のような試みを考えました。
【4つの研究手法に分けてみる】…