声をかけてみる勇気

ぼく「あのー…、席よろしければ…」

お年寄り「あ、いえ、けっこうです…」

ぼく「…」


高校時代にバスに乗っていたときに、お年寄りの方がバスに乗りました。

ぼくの目の前に立ちます。なんだかプレッシャーに感じてしまいます。思い切って席をゆずろうと立ち上がりました。でも、断られました。

とっても残念に感じたし、恥ずかしくなったのを覚えています。


今日は子どもの学校の参観日で、道徳の時間を見学しました。

おばあさんが荷物を抱えて、坂道を登っていくシーン。主人公の「ぼく」は勇気を振り絞って、「荷物を持ちましょうか」と言おうとします。でも、言うのに勇気が入ります。

おばあさんに声をかけるか、かけないか。子どもたちは授業で自分たちの意見を出して議論をしていました。

「かわいそうだから声をかける」

「足腰の運動のためにやってるかもしれないから声をかけない」

「断られると恥ずかしいから話しかけない」

おばあさんの状況によっては、声をかけ荷物を持ってあげるほうが喜ばれるかもしれないし、運動のためであれば荷物を持つことは喜ばれないかもしれません。

「言うのは無駄じゃないんじゃないかな」

一人の子が言いました。

その言葉に「なるほど!そうだよね!!」と僕は一人心で共感していました。

荷物を持つかどうかは、おばあさんの状況次第。話をしなければ分からないのであれば、とりあえず声をかけてみるのがいいんだと。


じゃあ社会人になって、困ってそうな人を見かけたら声をかけられるかというと、意外とできなかったりします。

忙しいから。話しかけると驚かれるかもしれないから。仲が悪いから。できない理由はいくらでも出てきます。

道徳の時間で子どもたちが学んでいること。大人である自分も恥ずかしながら、改めて学ばせていただきました。

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