普段は意識しないけれど存在の大きな空気

襖をガラッと開ける。ワイワイガヤガヤとすでにできあがった表情の人たち。宴会場に遅れてきてシラフで入ると、ハイテンションな空気についていけないことってあります。

ドアをガチャっと開ける。そこにはズラリと並んだ曇った表情の人たち。シーンとした張りつめた空気が肌に伝わります。席に着くまでも緊張感があり、噛みつかれないようにそーっと座ります。


最近、職場にTV会議システムが導入されました。

大きなTVに高精度のカメラとマイクが据え付けられ、それを使い会議を行います。

初めて見たときは、その大きさに感動したのですが、いざその仕組みを使い会議をしてみると、違和感があります。

高精度のカメラなのでそれなりに相手の表情も読みとれますし、大声を張り上げなくても、相手には伝わります。

でも、そこには妙な違和感があります。

相手の顔が見られ、声も聞けて、資料も画面上で見ることができます。会議に必要な最低限の材料が揃っているのに、違和感があります。

そして、その違和感が相手との距離を大きく引き離し、コミュニケーションもぎこちなくなります。伝えたいことがうまく伝わらないこともしばしばです。

違和感の正体は、「空気の欠如」です。

普段相手と相対する会議では当たり前に存在している「空気」。日本人は空気を読んで、行動をしていることも多く、その空気がなくなると、とたんに意思疎通が難しくなるのです。

とくに会って間もない人とは、実際に会って話すのとそうでないのとではコミュニケーションのとれ具合が異なります。

電話では相手の表情が分からないから、というのは分かるのですが、この相手の表情もそれなりに分かるTV会議であったとしても、相手との距離感が確実にあるのを感じました。


今流行りのVR。これが進化していけば、将来は海外旅行も自宅でできそうだね、ドラえもんのどこでもドアのようなもんだよね。

なんて話を同僚としました。

でも、これも思えば、旅行というリアルを感じるためには、五感がないとリアルに感じることはできないですし、それを超えた空気というのもないと、なんだか違うものにとどまるのだと思います。

人は思いのほか、見た目などの分かりやすい部分以外の、おそらく普段は気にもしていないようなものを感じ、コミュニケーションや、その場にいるという感覚を味わっているようです。

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