「普通」が「ちょっとした強み」に変わるとき

同僚「佐々木さんはドキュメントつくるのが早くってすごいですね」

ぼく「へ?いや、普通につくってるだけですよ、いやだなぁ、早いだなんて。○○さんこそ、プログラム書くのがめちゃ早いじゃないですか。すごいですよね。」

同僚「へ?いや、普通にうっているだけですよ。」


昨日、こんな会話がありました。

ぼくがドキュメントつくるのが早くってすごいんだよ、なんて言いたいわけではありません。Mediumを投稿されているかたであれば、文章を書くのが得意なかたが多いでしょうし、みなさんと比べるとむしろ僕は遅いほうなのかもしれません。

ここで言いたいのは、自分の「普通」が人にとっては「普通じゃない」ということです。

上記のとおり、ぼくの中では自分がドキュメントをつくる早さは「普通」と思っている。一方でぼくはプログラムをほぼ書けないから書けないが「普通」と思っているのです。

逆に同僚は、自分のドキュメントをつくる早さや、プログラムを書く早さが「普通」と思っています。

自分の「普通」は、モノサシになっているのです。


自分の強みはなんだろう、って考えることがたまにあるのですが、「普通」のものって、自分では強みって考えられません。となると、当たり前にできていること「普通」は、強みとして上がってこないのです。

なので、「普通」が普通でなくなるタイミングで強みに変わるのです。

普通でなくなるタイミングというのは、やはり他人との比較です。日々過ごしていて、自分の「普通」というモノサシで見た時に違和感があると気づくことがあります。

例えば、ドキュメント作成であれば、他の人がつくる工程を見ているときに、うんうんとうなっていて一向に進まないような状況を見た時、自分ならこうするなぁって思うタイミング。

いわば偶然に出くわした状況で気づきます。

でも、そんな偶然というのがしょっちゅうあるわけでないし、なんとなくその偶然に出会ったとしても、気のせいと自分に言い聞かせることもあります。

自分の強みってなんだろうって思ったときは、単刀直入に相手に聞いてみるのも良いかもしれません。

逆に相手の良いところを発見したときは、素直に伝えてあげる。すると、相手はそれが強みなんだと認識できます。その強みが今までは相手の「普通」だったとしたら、相手はうれしいですし、それがきっかけで今後の人生の方向性が変わってくる可能性もあります。


今まで「普通」だったものが普通でなくなり、「ちょっとした強み」になる。

特定の分野で「ちょっとした強み」をもつ人は、他にもたくさんいるとしても、「ちょっとした強み」が複数の分野でできて、それを掛け算したときには、誰にも真似できない「自分の大きな強み」となります。

今日から「ちょっとした強み」探しをしてみませんか?

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