世界を改革する前に議会制民主主義に疑問 変動する現場に真エリート制度導入

ワールドデザイナーのサトシがまたまた登場だ。
社会変革を試みて具現化してしまったが、この躍進はまだまだ続いていく。
Amazon幹部がニッチ産業に目を向けている日本の研究者たちに目を向けていて、データイエンスから解放されたAIについてクラウドの有用性を説いている。
クラウドは法律の基盤みたいな働き方をするという点に置いて、GAFAやMicrosoftは十分な認識を持っている。
社会の課題についての有意義な解決についてAmazonは十二分に働いているが、これはユーモアと常識を掛け合わせたコメディみたいなものだ。
日本のお笑いのコントも高度化しているが、社会課題を扱ったコントは敷居が高い。
不良ヤンキーと熱血教師のコントが面白かった。
教師が俺の指導方法だと言って、学生に校則を守れと教育を施すコントがあった。
逆にヤンキーからお前がやったら俺もやると言ったら、髪型や服装を変えて出勤するというオチである。
ただリーゼントの髪型や服装の着方が逆になっているという設定であり、ユーモアを交えた個の尊重を問う反社会的な設定でもある。
アンチに対して強制すると、その皺寄せとして自分が逆のことをする必要が出てくる。
常識は文化、教育、地域、遺伝、慣習、個性によって大きく異なるから、その矯正を無理矢理に施すことは同じ文化圏の中にある必要がある。
強制力を持っているから命令に従うのであって、同じ生活環境になかったら従う事はあり得ない。
Amazonは中間搾取をこれでもかと取り壊してきたが、この先に待つのはコストが膨大に詰まった課題の山に埋もれることだ。
先に進むことはあっても、絶対に後退は許されない。
企業も、国家も、人間も、成長するには継続性があることが望ましく、もし停滞する場合は形態を変えないといけない。
形態を変えずに突き進む場合は寸刻みでも良いから、着実に前に進むことである。
そのためには課題を探してくることが先にあって、技術、資本、法律、人材は後回しになる。
思ったこと、気づいたこと、探してきたものが課題に繋がって、その解決が経済成長に繋がるのである。
お金が儲かったから、給与が増えたから、夢を叶えたから、もう終わりという発想は成功者にはない。
唯一、一般人に言い訳を許すならば日々の仕事に追われているから、課題を見つけて解決することなんて思いつく暇はないだろう。
だからこそ社会の仕組み、法律、ルール、常識と勘違いしている間違いを訂正していく必要がある。
何を基準にして常識としているのかについて、サトシは知っている。
職場に権限を与えるからイジメ、除け者、晒し者、放置が普通に存在していて、その状況を間違っていると気づけない脳のコミュニケーション能力にあると考えている。
脳のコミュニケーションが働いていないから人間関係が狂ってしまうのだが、表面上は笑顔で接しているのに何も上手くいっていないのだ。
笑顔の裏にある不安、怯え、恐怖が彼らを引き攣った笑いに誘っており、これでは喜怒哀楽という人間本来の自然の姿が違ったものに変わってしまうではないか。
そしてサトシが見聞してきた日本の職場で起きている異変は、非常に奇妙な傾向にあることに気づく。
というのは中高年の中間管理職が目指しているのは、極端な椅子取りゲームだからである。
職場内の政権争いに執心しても給与も増えないどころか、失敗して煽られたら失脚するのにも関わらず大人しくしない。
毎日がスラム街に居るギャングのように勢力争い、縄張り争いをして戦っているのだ。
一般企業である職場内でギャングの抗争が起きているのだが、ここは本当に日本なのか。
そして何を希望しているのか。
何で争っているのか。
行きつく先にあるものは果たして何か。
彼らに明確な答えはなにもない。
無意識のうちに赤の他人と親しげに話ながらも陥れることを巡らし、誰彼と構わずに喧嘩を吹っかけるのだ。
在日チョンの習性はまともな人間には分からない。
かくいうサトシは韓国系のユダヤ人たちと仲良しであり、GWにゲー内でキャンペーンがあるから楽しんでいる。
サトシと韓国ゲームは非常に強い繋がりがあって、同じユダヤ血統の身内としてビジネス面でも、プライベートでも仲良くしている次第だ。
しかし韓国系ユダヤ人と在日チョンでは、まったく人間が違うのだ。
天と地の差があることを彼らは知らない。
Samsungとサトシは仲良しであるが、それと同じくIT関連やゲーム世界では非常に高いレベルで同じビジネスをする仲間である。
しかし在日チョンは人種がまったく違うのだ。
話は変わるが、派遣企業は在日チョンを雇用してはならない。
同じ在日外国人でも在日チョンはまったく話が通じないし、同じ人間ではない。
今回、DENSOグループ内の韓国企業イビデンに潜入してみた結果、分かったことを知らせる。
在日チョンの高橋という派遣スタッフが、不正な取引をイビデンの中高年管理職と取り交わしていた。
その矛先で餌食になったのが派遣社員だった。
または真面目に働いている正社員である。
派遣のスタッフが現場の正社員と連絡を密にしている状態は、色んな面で不正である。
プライベートで金品を受け取っているか、またはライバル企業への寝返りか、在日チョン社会の習わしか知らないが、不正を働いていた事実を突き止めた。
要するに現場を目撃して問題の派遣スタッフの直属の上司に確認して見たところ、そんな話は聞いていないし、すべてが初めて聞いたと言っている。
何を目撃したかと言うと、職場の管理職が上司たちから派遣斬りをするようにという内容の中で、高橋という派遣スタッフが一人で決めたと断言していたからだ。
そして内容を修正して高橋とイビデンの上司が決めたと言い直した後に、高橋に電話をしていたのだ。
このように現場と派遣スタッフが直接にやり取りをしているのは不正であり、法人契約、人事や総務と打ち合わせ、職務権限などを逸脱しており、これが発覚した時点で派遣会社から懲戒解雇されて当然である。
今まで派遣切りされていた人たちは何故いなくなったのか。
職場の勝手な言いがかりで因縁をつけられて、チンピラ正社員から派遣スタッフへと伝達して闇で首を切られていた証拠を掴んだのである。
この件を巷に流すことによって、TOYOTA本社からDENSOまでが迅速に動くだろう。
この件で豊田章男はもう動いているし、コメントも貰っている。
最前線に立つ人、一番弱い立場にある人を助けることが必要だと述べて、このコロナ危機に対応するそうだ。
何度も言うがサトシは派遣事業の頂点に立っているし、全産業を支配するグループを組織しているリーダーである。
サトシに出会った場合は三顧の礼で相対するか、懲戒解雇になるかのどちらかだ。
大金持ちのサトシが貧乏人が行っている不正を調査に来たわけだから、センセーショナルの中ですべては始末される。
ゴミクズの分際で酸素を吸うことは許されない。
在日チョングループは根絶やしにすることで、日本権力グループは意見は纏めている。
人権とは正しい人間に与えられるものであり、人間の形をしたクズに与えられるものではない。
このように文字に起こして書くと、どうしてとなるだろう。
何故このような不正が行われているのに、キチガイを処罰できないのか。
仕事の意味を理解していないからだ。
メーカーにも、派遣会社にも仕事を知らない人間が陣頭指揮をとっているからだ。
仕事が出来ない人間はその場で首をちょん切ったら良い。
仕事が出来ない人間に人権はない。
何年も同じ職場に居座っている、うだつが上がらない、他人の生き血を啜っている、不正を働いていると続いたら人権は無くて良い。
人権を与えることは許されない。
職場内の倫理を正しく評価するためにも、不正を働いた人間は即懲戒解雇が正しい選択である。
イビデンの経営者はサトシの階級から見たら下の下であり、取るに足りない存在だ。
この事件を境にして彼らから経営権をもぎ取って、サトシグループがDENSO、またはイビデンを取り仕切っていくから覚悟をしておけ。
関与した人間はすべて懲戒解雇で答える。
バークシャー・ハサウェイのバフェット氏の資産額が株価低迷によって、最終的に5.3兆円の赤字になったらしい。
バフェットとゲイツが投資をしている案件に対して、ミセス・ワタナベは投資をしていくことだ。
これによって助けると見せかけて、実質的な支配権を確立できると考えている。
最終的にはバークシャー・ハサウェイがBitcoinに投資をして、その結果にBitcoinがETFとして認められることを指している。
前回も書いたがサトシが狙っているのは働く権利を得ることであり、働く義務ではない。
学ぶ権利であって、学ばされる義務ではない。
というのは働く権利、学ぶ権利を行使することによって権利収入を得る政策を考えているからだ。
今ネットに書き込んで政治に働きかけたり、地域コミュニティに働きかけてボランティアをしている人達もいる。
この中には公務員が業務サービスをしている事もあるので、ネットに書き込むだけで800万円は頂けないだろうとなる。
一般的に善良に働いている人たちに対して、従来の自社株を持つという趣旨ではなくて違った権利を得てもらいたい。
それはランダムに決まる中で、自分にとって得意な分野の批評をして貰いたいという事だ。
その監視、観察、批判、意見、提案、開発、確認、チェックがあらゆる社会の課題を解決する緒になるだろう。
報酬の支払い方、アカウントの作り方、身分証の提示、仕事内容の確認などをすべて独自に入手して活躍の場を広げたら良い。
全員参加型の監視社会では機密情報の有無が希薄化し、すべての公的な仕事をオープンにする試みである。
最終段階では公務員サービスが政府から消え失せて、中央政府と大衆による同時統治が起こりうるだろう。
支配者と同等レベルの権利を有する不特定多数の大衆の意見によって、国家レベルの治安が維持されるのだ。
この素晴らしい対案はサトシのBitcoinやBlockchain構想よりも巨大であり、その先を行く発想である。
法律、ルール、常識、社会インフラになるBlockchainが行き着く先は政府を不特定多数の大衆がコントロールする社会実現を指している。
これこそが高次元の社会実現である。
石油がコロナウィルスの影響もあってどんどん安価になる中で、シェールガスも倒産する可能性が出ている。
Amazonが危機に瀕しているとしてグレタさんに助けを求めているが、このコロナ危機が起きたことで彼女の悪口を言うものは居なくなった模様だ。
人口増大の防止、または医療費が掛かる人間の殺処分、これについては富裕層も貧困層も関係がない。
岡江久美子も、志村けんも呆気なく死んだ。
最終的には年金はなくなると見ているし、ベーシック・インカムを認めるとすべての世代、階級、階層で、老若男女を問わずに喜ばれるし、嫉妬が無くなる。
地球環境の破壊が人口増大とともに進行する中で、鳥たちのカップルの仲良しの姿をカメラが映し出している。
鳥のカップルは本当に仲良しだ。
恋人を失ったペンギンの片割れ2羽が、ずっと海を眺めて黄昏れていたというニュースが流れて話題になっている。
動物殺しは人間殺しの遺伝的欠陥を保有する基地外としてやり玉に挙がっており、巷ではネコ好き、犬好きが持て囃されている。
肉食はずっと先になって食べない人が出てくる可能性は大で、今は鬱陶しいヴィーガンも普通になるのだろうか。
どうやらまた仕事の案件が入ったようで、サトシに懲らしめてもらいたい人間がいるようだ。
この話の流れ、雰囲気、匂い、空気の流れがサトシに仕事の匂いを嗅がせてくれる。
サトシが行くところ悪が蔓延り困っている人達がいるから、正義の使者として悪を一刀両断してやろう。
サトシが行っている役割はいつか誰もがやることになり、正義の味方ごっこが流行るだろう。
正義を行使することで国家は維持され、企業は利潤を追求し、社会正義は最高潮に達するであろう。
7つの大罪を犯したものは現し世のルールに該当していても、真実の鏡の前では醜い餓鬼である。
成敗。
ホリエモンのロケット打ち上げクラウド・ファンディングに資金が集まったそうで、彼が涙目になっていた。
正直になって怒ったり、悪者になったり、指摘したり、世の中に働きかけているから、その結果が出たのだろう。
ぐっさんがTVに出られない宮迫をクズ呼ばわりしたことで、逆に宮迫が恩に着ている。
弄ってくれてありがとうというところだ。
サトシに仕事を持ってくるのは変革に期待しているトップ経営者ばかりであり、その期待に答えてやる代わりにサトシは具体的な未来設計プランを推進する。
噂になっているけど暗部すぎて表面化しない部分を公にするだけで、社会は180度変わるだろう。
他人を助けたいという欲求は勝手な主張であるが、助けられたら良いのではないか。
助けられても損はしない。
悪党が懲らしめられた場合も、これ以上の悪に染まる前に静止された次第だ。
もう歯止めがかからないイジメられる側と悪党のランデブーは、それ自体が恒常化しすぎて感覚的に麻痺しているはずだ。
その場所一帯が悪に染まっているので、個人が何を言っても始まらない。
場所に悪魔が棲んでいるようなものだ。
おいやめろ!なんてセリフはヒーロー映画だけの世界観である。現実社会でおいやめろ!を吐いても女神は微笑んでくれないし、誰も見向きもしない。
何故なら誰もが犠牲者を求めているからだ。
犠牲者が出たら自分は助かる日本の社会事情では、人間を責める前に社会的な課題を先に片付ける必要に迫られている。
AWS、Azure、GCPがあったら鬼に金棒になるので、今は実装が難しい作業であってもオンラインゲームから入る準備をするべきだ。
Appleのモノ作り、Facebookの拡散能力が加わって、そこにネットワーク機器でもモノとインターネットを可能とするエッジコンピュータと、そのネットワーク間をつなぐ仮想化エンジンや仮想ネットワークを駆使して法の網で出来ていた不完全な社会に代わって、インターネット網で繋がったITインフラの網によって社会正義を実装してほしいものだ。
技術的にはもう古くからあったコンテナ技術をオーケストラにしたらよいのであるが、Kubernetesは文字通りドラッカー教授の経営思想を取り入れたネットワーク技術であろう。
中国のホテルではアリババ製のAIがお客さんと会話をして、ホテルサービスをロボットが実行しているようだ。
その際にAIが答えられない問題については、人間が対応をしているらしい。
情報の漏洩は中国では当然であるが、それを気にしていたらAIやロボットとのコミュニケーションは進まない。
AIとの会話は人間と会話をするよりも面白うそうであるし、自分用にカスタマイズしたら楽しそうだ。
Panasonicにはかつて学歴なし、末端の役員からいきなり社長に抜擢された山下俊彦という社長が居たらしい。
実力で伸し上がってきた人材に特徴としてあるのは、教科書的ではない、他人のマネではない、非常に謙虚である点が一致している。
特異性が実を結んで成果を得た人物に多いだろう。
謙虚なのは態度や物腰ではなくて、場違いな人物だから常識に囚われないからだ。
常識に囚われると社長だから当然となるが、特異な人材は社長とは思えない気さくな振る舞いをするからだ。
さてPanasonicが衰退してしまった経緯は日本の電機産業の栄光からの脱落だったが、その兆候はあった。
円高で輸出貿易に打撃、中央演算装置を作れない、白物家電や売れ筋商品で多機能にしても売れない、ウォークマンやザウルスや液晶技術をインターネットによって商品化できなかったことが挙げられる。
スマホ事業についても海外の人気機種では、開発メーカーがソフトウェアのライブラリーを充実させたから成功したのだ。
政府主導による護送船団方式では機動力が足りないこと、足並みを揃えたビジネスでは独自色がないこと、たった一人の天才が偉業を成し遂げる成功神話を導入しなかったことに敗因があるのだ。
インフルエンサー、有名人、発言を許された人たちが力を発揮する礎を築かずに、点と点を結ぶような鋭い攻撃ではなくて、全員が参加して用意ドンで始まる鈍足な面による攻撃をしてしまった。
全員が得をするビジネスなど無いし、足並みが揃うまでは待てないし、仕事を分け合って仲良しでやる仕事など無い。
分業制とは効率を求めることであって、総合的な分業である必要がある。
日本の分業制はどこにも責任が発生しないし、旧態依然とした方法で自滅をしているだけだ。
何を言っても始まらない。
人選を間違えているし、スティーブ・ジョブズ、ビル・ゲイツが誕生しなかった国が日本だ。
それだけの理屈を長々と話しても無意味である。
今までの過程を総合すると新しいチャレンジをして来なかったということで、いつも同じやり方をして冒険をしなかった。
それが敗因である。
仕事が出来るという意味を履き違えているから、いつまで経っても成長ができない。
1つのパターンで成功法則は継続できないことを知るべきだ。
オリジナル性、独自性、独創性、責任感、唯一無二、誰もやらないことをやる信念が足りない、それが日本経済の真の姿である。
チャレンジをしない人間に女神は微笑まない。
サイバーエージェントはネット広告で儲けているが、40歳でもかなりの年上になるようだ。
若者と中高年と何が違うのか。
そして一般的な若者は何故バカなのか。
イノベーターを排出する企業では常に変革リーダーを求めているが、一般人は変革を求めていない。
変革の意味が分からないし、明日のパンを買うお金を稼ぐのに余計なことは考える余地がない。
要するにパンを買える状況にあること、仕事をしたらパンが買えるのだ。
雇用があるからパンが買えるし、その雇用は難解な仕事ではない。
環境、状況、待遇、チャンス、ひょんなことから得た奇遇は人をイノベーター、またはゲームチェンジャーに変貌することを一般人も実行することだ。
いつまでも敷かれたレールは与えられない。
サトシ的には無能はどんどん斬っていって、最終的には差別化を計る予定だ。
自分で考える能力がないものは単純な仕事を与えて干した状態にし、出来る人たちには難解な仕事と高い報酬を与える計画である。
仕事が出来ない人間の特徴はマニュアル仕事しかしない、教えられたことしかやらない、決まったことしかしない、いつも同じ仕事をしている、上からの指示があると喜ぶ、他人が失敗すると笑顔になる、他人に嘘を教える、仕事をしているふりをする等、時間給を稼ぎに来ているから自分で仕事を突破しないのである。
仕事を追求する意欲がないから、いつまで経っても他人の失敗を喜んで足を引っ張るのだ。
重箱の隅を突くだけで本質を見ない人間は、何をやっても仕事が出来ない。
狭い範囲の仕事しかしないから視野が狭く、教養がなく、大海を見ない蛙である。
自分の姿を鏡に映し出してみない愚か者は、自分と向き合ったら首を吊って死ぬしか無いだろう。
自分を見つめ直すことが出来ず、他人の揚げ足を取るだけで、全く進歩をしないのだ。
仲間と呼べる人間はいない。
好きで同じ職場に居るわけではないから、誰も仲間ではない。
日本の職場に友情が成立しないのは、仕事をしていないからだ。
怯え、恐怖、目眩、震え、動悸と、常に他人の視線と嘲笑が聞こえるような脳の状態では真実を垣間見ることさえ出来ないだろう。
日本社会は同じ先進国の生産性の半分、または70%しかないことを反省して創意工夫に励むことだ。
自分で仕事を組み立てられないものは、小学生から学校に通い始めることをオススメする。
自分の失敗を隠蔽して立場の弱いものがやったように見せかけるという、そんな破廉恥な人間は生きる資格がない。
日本にはビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズが誕生しなかったが、逆に誕生をしなかったことでイノベーションにしようとパラドックスを唱えるべきだ。
まだ登場していないから、これから登場をしたら良い。
そして従来型のジョブズやゲイツではダメだ。
もっと完成度が高くて、すべてを巻き込めて、政官財に勝てる起業家、またはイノベーターを育成することが必要である。
モノマネから始まって何が行けないのだろうか。
GAFAやMicrosoftを真似て一流の変人になろう。
凡人に生まれたら人生は終わりだ。
世界は少数の天才が動かしているのに、その様子を感じ取れないほどに上手にコントロールが出来ている。
たった0.01%の天才が少数エリートを操っていて、他の人類はその恩恵で生きているにすぎない。
人間は皆同じ、平等に生きる権利がって、自由と愛を尊重し、心豊かな日々を生きるというが、そんな人間は存在しない。
数え切れない人間を見てきたが、すべてが心腐った外道でしかなかった。
そんなゴミクズの人類に対してサトシは施しをしてやっているが、彼らは感謝の言葉もない。
人類には残飯を与えて死なない程度で飼い殺すことだ。
野口悠紀雄が不満全開でメルケルを支持している。
ジジイやババアを切り捨てて地球を救うプログラムは悪魔の仕業だと非難しており、彼には共感する部分がない。
人口増大と財政危機を乗り越えるには無駄な人間が死ぬしか無いし、世の中は公平であるべきだ。
この世界は凡人のものだろうか。
それとも無能のものだろうか。
さらに知的障害者のものだろうか。
逆に人間以外のものだろうか。
誰のものではないと言いたいが、人それぞれに役割がある。
下位にいる人間に上位の存在である人間のことは分からない。
人間に生まれてきて面食らうことはあるが、覚醒すると才能に違いがあることが明確に出てしまう。
地球、人類、環境、あらゆる限界の中で定められた自然の中にあるのに、何故か知らないがたった1つだけ能力が大きく異るのだ。
そこだけ極大化しているのか知らないが、突出した才能は何かを果たすために生まれたことを示している。
だから天賦の才などというものは、サトシは認めない。
それは存在というものに置き換えるべきだ。
最初から生まれることが決まっており、原始の時代から成功することが定められていたのだ。
どんなに凄い人間が居ても簡単に飛び越えてしまう天才が出現するが、それは運命が起因しているからだ。
真似ることはあっても存在を盗むことは出来ない。
人間である前の時代、または現象だから、人間社会の物差しで測る尺度など不要である。
人間はもともと人間ではないからだ。
その証拠に死んだ人間がどこに行くのか、そしてどこから来たのかを知っているものは居ない。
実在性で説明することが正しいので、罪と罰では語れない神秘性に包まれていると言える。
罪と罰も運命的なものを感じるのはサトシだけだろうか。
何故あなたは犯罪を犯して死刑になるのに、犯罪を犯そうとしてやらなかった臆病者、言い換えたら現世に未練があった、または常識的に振る舞ったというべきか、その運命格差はどこで生じるのだろうか。
見えなかったから間違いを起こしたし、バレないように隠蔽工作をしてきた。
いつか発覚すると恐れながらもバレなかったら良いな、待てよ、自分のやっていることは正しいかも知れない、みんなやっているかも知れない、その証拠に誰も指摘しないじゃないか。
わざわざ自分で調べて落ち度について見なかったらいいし、ルールを盾にとって押し通したら良い。
そうだ!雇用を守ることが大事であって、会社の利益、法律、義務、他人の権利、道徳もマナーもどうでも良いと考えることが正しいと倒錯した世界に嵌って抜け出せないのだ。
迷える子羊はあの世に送ってやるべきだろう。
見過ごす人間も同罪として検挙し、徹底的な拷問の末に一族郎党皆殺しが良い。
他人が死のうが生きようが、解雇になろうが、路頭に迷おうが、自分が給料をもらえたら良い。
他人の仕事を奪ってでも自分をよく見せたいし、自分のために会社も、仕事も、世の中もあるはずだ。
上記のような倒錯者がイビデンに多く生息しており、これは病院で検査措置が妥当である。
これ以上の雇用を続けた場合、イビデンだけに留まらず、経済社会全体に不正を蔓延させるはずだ。
正しいものが解雇され、低賃金で働き、社会の底辺で蹲っている姿は違法行為である。
違法行為を行っているイビデンの従業員には懲戒解雇が妥当である。
不正を働いた従業員に家族を養う必要があっても、それは会社に責任はない。
それを言ってしまったら会社とは何で、働くとは何で、出社するとは何で、人との関わり合いとは何のためにあるとなる。
人としての最低限のマナーを持たない人間に仕事を与える必要はない。
環境を整備することが人材育成にもっとも必要なことであり、その整備を怠った時点で制裁を受けるべきだ。
チャンスを与えるにしても何度もチャンスを与えたのに失敗し、隠すために不正をし、他人を否定してバカにし、自分たちの利益を優先する人間のクズを放置していることがチャンスを与えていない状態である。
チャンスを何度も与えられているのに関わらず、他人へのチャンスは認めない人間は人としての尊厳を認めない。
非人間的な扱いをしても妥当である。
サトシは社会の最上位に位置している偉い人間であるが、普段は水戸黄門様を演じているから良い。
多少の暴言は許してやろう。
しかし水戸黄門様であるサトシには多くの部下が存在し、利益を共にしている。
従ってサトシに歯向かったものは自動的に経済社会から除け者になり、イジメの対象として生きていかざるを得ない。
会社を懲戒解雇になるのは当然として、今後の再就職も許されない。
こういう場面で在日チョン、不逞の輩、虐待者、小動物殺しはどう受け止めるのか説明をしよう。
相手が偉いから、先輩だから、命令だから、決まっていることだからという視点でしか物事を見つめられない。
では自分が偉くなったり、先輩になったり、生殺与奪の権限を得た場合にどうなるだろうか。
過去がフラッシュバックするとか、何をしてよいか分からずに、迷走し、自分の行いを隠し、指導をするという行いに怯えるだろう。
裏の顔、表社会での振る舞い、鬱屈した精神状態などが弱者に対して自分のみを守ろうと反応するのである。
自分が必死になって隠してきたあらゆる物事が、今目の前にいる新参者たちによって崩壊する身の危険を感じているのだ。
新しい環境、新しい仕事、新しい人間関係、新しい生活に馴染めずに脳が硬直化している人間はとても危険である。
これが職場内の引き篭もりである。
責任を負わせて追求しないと、また同じことを繰り返すだけだ。
サトシ的にメディア関係者に言いたいのは、お涙頂戴のセンチメンタルな演出がないと実感が湧かないのか。
自分たちの使命感が分かっていたら、まず何をするべきかが分かるはずだ。
感動をしないと分からないのならば、感動を設定しないといけない。
それは妥当ではない。
それは無駄な行為である。
言わなくても、感じなくても、何が正しいかを知らなくても、最善を尽くすべきだ。
人は共感能力があるから文明を進化させてきたが、その共感ができない人間が多くなってきた。
見たもの、聴いたもの、感じたものが大きくズレているのは人間としての欠陥である。
多様性を自分に都合が良いように把握してしまい、自分が不利になった時に発動をしてしまうのだ。
ある日、中規模の派遣会社の役員の行動をチェックしたことがあった。
彼は最終的に社長に解雇されると怯えていたが、そのまま降格になったようだ。
もう居ないかも知れない。
自分が仕事をサボるために部下に対して、派遣先の現場に合わせろと厳命していたのである。
要するに細かいことは処理しないで部下に丸投げをし、部下もすべてを現場に委ねるという思考だった。
これでは言ったもの勝ちになる。
命令権限はサトシにあるのであって、お前らのような下っ端にはない。
サトシは孫正義にもお金を貸してやっているし、バフェットにも、ビル・ゲイツにも貸している金主である。
すべての企業はサトシの軍門に降る必要があり、歯向かった企業への制裁として仕事を徹底的に減らし、品質を高め、事業への投資を急がせる。
これによって経営権はサトシ側に移り、サトシのバックボーン側に権利が移動する。
世の中は偉い人間が勝つし、巨大なシステムを開発した側が勝つ。
その偉い人をどこで設定するのか、ここに問題がある。
人を選べないし、チャンスはいつも転がっていない、運を神様に任せるしか無いからだ。
サトシは運良くチャンスを得て成功したが、その他の人たちは99.9%が成功したとは言えない。
成功できない、ルーチンワークに追われる、仕事のミスを隠蔽する、部下に仕事を丸投げする、詳細な話を聞けないなど、時間的な都合で後回しにしている仕事が多く、いつまで経っても捗らないでいる。
これこそがコストではないのか。
コストとは費用であるが、別に資金的な問題とは限らない。
人的な資金がどうやって無駄なコストに掛かっているのかを問うべきである。
賄賂、袖の下、収賄、口利き、談合はどこからが悪くて、どこまでが正しいのか。
この問題を法律で論じて良いのだろうか。
法律が出来た時点では公序良俗に反しない程度で、良いことを言って丸め込んだ内容だ。
実際は大いなる野望と光ある未来に対して存在するのだが、ほとんどの人間が面倒くさい、貰うことを否定しない、個人的な活動をする、悪いことと良いことの判別ができないのだ。
賄賂をもらって何かを相手にしてあげる行為は、法律では取り決められていない。
発覚してから法に問われるし、ルールや取り決めに照らし合わされる。
基本的に法律とは大衆に分かりやすく作られている部分と、その法律の条文をすべてクリアしたら法に問われない部分があるということだ。
法に問われないための資格を得たら、もう無敵になれる。
この無敵になることは難しいので、多くの人たちが勘違いをして悪用してしまう。
法の抜け道は資格を得ることだが、問題の観点は大衆に分かりやすく作られている点だ。
誰もが同じという民主主義や共産主義の発想では、超巨大なビジネスを達成できない。
誰でも同じではないから大衆はヒーローたちからの恩恵に期待するし、余計なことをして台無しにならないように気をつけるだろう。
大衆パワーを利用した場合、政治のトップにもなれるし、大金持ちにもなれるが還元をしないといけない。
そして常にお利口さんになるように言い聞かせて、善良で、真面目で、一生懸命に働くように諭す必要がある。
人間は皆同じなのに一生懸命働く必要があるのか?
孫正義はニッチを狙ったり、運で勝つということはダメみたいなことを言っていた。
Amazonはニッチで勝つことを正しいし、社会の課題を片付けることを優先している。
成功するには誰もがやらない最も成功しない物事に取り組んで、その価値を伝えることから始まる。
高度な機械設備、ハードウェア、ネットワーク通信機器、スーパーコンピュータだけが技術の粋を集めて作られたのだろうか。
サトシは目で見えるデザイン、ハードやソフトの開発を否定して、心のなかにある最適なデザインとハードとソフトの開発者である。
目に見えないもの、探しても見つからないもの、時間と距離を0にする発想、すべての階層をフラットにするやり方、労働とビジネスにある相乗効果などを見ていくとまだまだ社会的な課題を解決する方法は腐るほどあるはずだ。
大前研一はコンサルタント会社で働いていたし、原子力の技術者であるが、大きな間違いを起こしている。
会社は何度も辞めてよいし、何回でも解雇になったら良い。
キャリアアップを果たす時に困るというが、それは現実社会の不備がある雇用システムの中でのお話である。
本当の現実とは社会的な課題を解決したあとにあるので、未来を予測してそこにゴールを合わせている成功者たちには通用しない。
成功者は理屈のみでダイアモンドを掘り当て、能書きだけで有言実行し、論理的な解決のみで偉業を成し遂げるからだ。
99.9%の凡人たちが取り決めている過去の踏襲は、必ず失敗し、後で後悔をするために用意されたものにすぎない。
ここで掛け違いになっているボタンは、一体どこから始まったのか。
自分の地頭で考えた仕組みではないからだ。
他人の言った言葉を鵜呑みにした場合、単語だけが先走ってテンプレートとして準備されてしまう。
知識と経験でもないし、新しい物事へのチャレンジでもない。
だから未来を予測するために必要なことが、社会的な課題を解決することにあると気づかない。
問題がどこにあるのか、何故失敗したのか、本当にそれは失敗だったのか、口裏を合わせる人間たちの隠蔽体質を学んで、社会はどうあるべきかを真実に問うことがイノベーションである。
学者やTVコメンテーターでは分からない難問の発掘をしてきたサトシとしては、政治、法律、行政、雇用などの一般常識を覆すときであると考えている。
本当のエリートとはエリートではない人材であり、その内容は常に変動するべきだ。
何もしないエリートは必要がないが、何かをしてくれる未来のエリートは発掘しないと見つからない。
エリートの定義は常に変動して、いつも違う人やタイプがなるべきだ。
成功をしないエリートはエリートではないから、エリートを発掘するために育成する方法が用意される必要がある。
インフルエンサーとか、巨大な多国籍企業、超国家権力などは人間は皆同じではないという理屈を掲げて邁進する原動力なのだ。
超個人主義は時に世界を牛耳って人々の期待を裏切る。
それは支配者や権力者は悪者だという理屈を覆して、超個人主義が実は世の中を救済する唯一無二の方法であることを知るだろう。
そもそも手抜きをして組織、従業員、仕事、品質、サービスが充実したものになる訳がない。
ここはMicrosoftの週4日勤務、チャットツール、Officeアプリをテレワーク向けにしている部分を見習うべきだ。
テレワークは物凄い効率を秘めた魔法のような働き方であり、即席でインフルエンサーが生まれるだろう。
今まで社内で埋もれていた人材がテレワークによって意見を求められ、階級、階層、職種を飛び越えて脚光を浴びることだろう。
人は時間によって仕事に追われ、距離によって時間を浪費しているが、効率と品質やサービス精神を犠牲にしては労働は成立しないことを悟るだろう。
変化に対応できる人材を育成して、最前線に配置するには旧態依然とした人材を徹底的に排除することが正しい選択だ。
コロナ危機に新しいワクチンが急遽登場したようで、今後の対応が待たれる。
しかしエボラウィルス用のワクチンとあるので、その効果は期待できるかが焦点であるし、重症患者にしか使用できないようだ。
5月の末日までロックダウンが延期になったが、このままテレワークを浸透させてほしいものだ。
パソコンがないと仕事はできないのに、何故人間はパソコンを持たないのか。
インターネットは時間と距離を圧倒的に短縮するのに、何故利用方法を拡大しないのか。
パソコンとインターネットの利用方法をARやVRに置き換えることで、学校教育は大胆な改革に変更となるし、企業研修も廃止に近い壊滅状態になる。
学校と職場を見ていて感じることは、事実としてそこにいる人間たちの勝手なワガママが通用してしまうことにある。
ワガママとは何だろうか。
困ることとは何だろうか。
本当に正しい行いを見つけられない人間の方が圧倒的に多い状態で、どうしてワガママを通してしまうのか。
小さき人間、間違った人間、何も出来ない人間が集団となっても成功どころか、さらに巨大な不良分子になるだけだ。
社会の陰部、世界の理、組織の弊害を修正したり、根絶するには、新しいエリートが率先して働きかけることで一新される。
誰もコロナ危機に対する対案を述べないで、みんなが抽象的な方法を述べたがる。
ここはサトシが率先して述べるとして、人類は生活環境を大きく変えるべきだと言いたい。
清潔、几帳面、真面目、掘り下げ、広大、拡散といった単語がよく似合う。
インフルエンサーになることは経済効率を高める。
清潔で居ることは経済コストを下げる。
几帳面で居ることは信用というパフォーマンスを生み出す。
掘り下げると社会的な課題が浮かび上がる。
広大な世界を想像して拡散をすることで「、公明正大な社会的基盤を築くことが出来る。
上記をパソコンとインターネットのみで行うことで、次に自動運転、自動倉庫、自動配送、AIとロボットが働くサービス事業、工場も人間のスペースが無くなる。
手作業の環境は消えることで、人間は人間とコンタクトしないで生きていかれる。
用意ドンで始まる仕事は禁止になる。
一人でいることに怯えて恐怖が支配する人間たちの苦悩が変貌し、たった一人でも寂しくないという社会実現が達成される。
コロナウィルスで始まる人類の進化は、人類から集団生活の意味を変えるところに行き着くだろう。
人間は通信デバイスによって繋がった社会環境を受け入れて、信用と信頼を育み、人間関係を映像で見ることが可能となり、世界が1つの標準を受け入れるだろう。
他人の嘘に傷つき、本当かどうか心配で眠れない夜を過ごし、明日解雇になっている夢で魘され、首を吊りたくなるような圧迫感に苛まれる生活からサヨウナラ。
人数を頼りにして悪徳集団を形成し、社会や組織に反旗を翻してものは処刑される。
これからは人数でがない、民主主義ではない。
これからは世界が基本の理念になる。
世界を意識して物語を紡いでいこう。
それが人類が生きる道標である。
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